第5話 興味と恋
それからというもの、オズウェルに差し入れを持っていくことはヴィエラの日課となっていった。
ただし、いつも部屋の前でオズウェルが差し入れを食べて、ほんの少し会話を交わしたらそれで終了だ。
何度差し入れに行っても、扉の前で終わってしまう。
ヴィエラとしては、オズウェルに話したいことや聞きたいことが沢山あるのだ。
毎朝欠かさずに届けられるアネモネの花のお礼だとか。
自分はいつ、どこでオズウェルと会ったことがあるのか、とか。
なんだかんだとオズウェルに聞く機会が取れないことを、ヴィエラは歯がゆく思っていた。
(今日こそはゆっくり話したいんだけど……)
「オズウェル」
「どうした」
オズウェルに軽食の差し入れをして、いつもならほんの少し名残惜しく思いながらも背を向けるオズウェルを見送る。
だが、今日のヴィエラはそうしなかった。
今日こそは、オズウェルにもう少し近づきたいと、ヴィエラは強く思っていた。
「あの、ね。もう少し、オズウェルと過ごしたいのだけど……」
勇気を振り絞ってそう告げてみる。
(私は、おかしいのかしら)
政略結婚といえど、オズウェルのことをもっと知りたかった。
何が好きで、何が嫌いなのか。
過去の自分は、オズウェルとどういう関係だったのか。
どうして、毎日花を贈ってくれるのか。
もっとオズウェルのことを知りたい。
(焦ることではないのかもしれないけど……)
どの道、これから先の人生を共に歩んでいく相手だ。
急いで距離を詰める必要などないのかもしれない。
だけどヴィエラは、この意外にも優しい皇帝のことが気になり始めていた。
(でも……知りたい)
「私は別に構わないが……」
オズウェルの言葉に、ヴィエラは顔をはね上げた。
お願いしたのはこちらの身だが、まさか許可されるとは思っていなかったのだ。
「えっ、いいのっ?」
(いつもはすぐに部屋に戻ってしまうのに)
ヴィエラがつい聞き返してしまうと、オズウェルは軽く顎を引いた。
「ああ」
◇◇◇◇◇◇
今日は比較的暖かい日のようで、外の雪はやんでいた。
薄灰色の雲にさえぎられてはいるが、陽の光を感じられる。
曇り空の下、城の中庭を並んで歩きながら、ヴィエラはオズウェルを見上げた。
「あの、オズウェル……お仕事は大丈夫なの?」
確かに「オズウェルと過ごしたい」と言ったのはヴィエラだ。
だが、城の敷地内とはいえ外を散歩するほど時間を割いてくれるとは思っていなかった。
こうして外に出るくらいには、仕事の余裕が出来たのだろうか。
「ああ。お前の差し入れのおかげで仕事がはかどった。これで、お前を構う時間ができる」
群青色の双眸を少し細めて、オズウェルが柔らかく微笑んだ。どきりとヴィエラの心臓が跳ねる。
ヴィエラがどぎまぎしていると、オズウェルにさりげなく手を取られた。
「え、え、ええっ? オズウェルっ、手……っ!」
大きな手だ。
ヴィエラの小さな手など、オズウェルの手のひらにすっぽりと包まれてしまう。
「何を慌てている。婚約者の手をとることは普通だろう?」
(普通、なの?)
そうなのだろうか。
慌ててしまうほうが、おかしいのだろうか?
男性経験の
(でも、これは政略結婚なんじゃないの?)
しかし、政略結婚にしてはオズウェルの態度が甘すぎるような気がしてならない。
これではまるで、本当に恋人のようだ。
(どうして――?)
こんなふうに甘やかされる理由がヴィエラには思い当たらなくて、どうしても困惑してしまう。
「やっとお前を手に入れたのだ。式は終えていないが、手を繋ぐぐらい許せ」
「……っ!」
向けられた視線に熱がこもっていて、ヴィエラは息を飲んだ。
ただ握るだけだった繋がりが深められて、指先まで絡められてしまえばヴィエラはもう何も言葉を発することが出来なかった。
頬が赤くなっている自覚がある。身体中が燃えてしまうように熱い。
(なんで……)
オズウェルから、これほどまでに熱い視線を向けてもらえるのだろう。
ヴィエラはこの国に来るまで、オズウェルに会ったことなどないはずだ。
少なくとも記憶がある7年前以降は、絶対に会ったことが無い。
(それ以前のことを言われると困るのだけれど……)
オズウェルは、恋をしているような甘い視線をヴィエラに向けてくる。
今のヴィエラには、それにどう返したらいいのかまだ分からなかった。
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