第2章
第8話 オズウェルとセリーン
オズウェルと温室で過ごした日から数日が経った。
あの日以降、オズウェルは時間を見つけては、頻繁にヴィエラの部屋へやってくるようになった。
特別に何かをするわけではない。
ただ少しの時間、お茶をともにしたり、取り留めのない話をしたりする。
とても穏やかな時間だ。
(オズウェルと過ごす時間はすごく落ち着くわ。もしかしたら、前の私もそう思っていたんじゃないかしら)
ヴィエラは紅茶の入ったティーカップを口元に運びながら、目の前に座るオズウェルを盗み見る。
「……どうした」
「な、なんでもないわ……っ」
ヴィエラの視線をすぐに察知したオズウェルから青い瞳を向けられて、ヴィエラはさっと顔を逸らした。
この皇帝様はだいたい無表情だ。だけれど、ヴィエラに向けてくる視線は優しくて、温かい。
二週間ほどこの城で過ごしてみてわかったのは、オズウェルのその優しい瞳が向けられているのは、どうやら自分だけらしいということだった。
使用人やほかの貴族など、ヴィエラ以外の人間と接するときのオズウェルは、冷たく、無表情で、常に冷静。
廊下で一度その状態のオズウェルに遭遇したが、まさに『氷の皇帝』と呼ばれるにふさわしい。
(過去の
ヴィエラは内心苦笑する。
オズウェルは「お前がお前であるならそれでいいんだ」と言ってくれた。過去の記憶がない今のヴィエラでも「愛している」と。
だけど、本当に?
オズウェルが好きなのは、やはり元のヴィエラなのではないだろうか。
ヴィエラには7年前より過去の記憶が無いとはいえ、同一人物だ。どうしても重ねてしまうものだろう。
不安な想いは消えない。
(私……いつの間にこんなにオズウェルのことを好きになっていたんだろう)
どうしようもなくオズウェルに惹かれていることは、認めざるを得ない。
明らかな好意を向けられているからだろうか。
(ううん、それもあるけれど……)
だけれど、それだけではない気がするのだ。
オズウェルといると、なんだか心が落ち着く。まるで、とっくの昔に心を許していたかのように。
「ヴィエラ様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとう、セリーン」
気づけばメイドのセリーンが、ヴィエラのすぐそばに来ていた。
いつの間にこんなに近くにいたのだろう。
このメイドはいつも足音一つ立てないので、ヴィエラは毎度驚いてしまう。
「オズウェル様はやはりヴィエラ様がご一緒だと雰囲気が違いますね」
セリーンはヴィエラのカップに紅茶を注ぎ終えると、そう言ってくすくすと笑った。
どうやらオズウェルに自覚はないらしく、彼は無表情ながら不思議そうにしている。
「そうか?」
「ええ。いつもそうでしたら、わたくしどももオズウェル様のことを怖がったりいたしませんのに」
とは言うものの、セリーンはオズウェルのことを怖がっているふうには思えない。
セリーンは少し変わったメイドだ。
すました顔をして、主に対してでもハッキリとものを言う。
他の使用人たちの大半がオズウェルを恐れて遠巻きにする中、セリーンだけは違っていた。
(それにしても、その足音と気配を消す技術は見事なものね……。ただのメイドとは思えない)
とかなんとかヴィエラがぼんやり紅茶を味わいながら考えていると――。
「そろそろヴィエラ様もルーンセルンに慣れましたでしょうし、社交に伴われてはいかがですか?」
「……ああ。そうだな。まだだいぶ先ではあるが茶会の招待も来ていたし、ヴィエラも連れていこう」
「はい……?」
何やら茶会に参加することが決定していた。
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