第7話

  朝学校に着くと彼はまた浮かない顔をしていた。携帯を眺めているようだけど、誰かとメールでもしているのかも。

 それでも何度も打っては消して、打っては消しての繰り返し。今の私の気持ちみたいだった。


「おはよう」

「おう鳩山」


 彼は私を見るとさっきまでの浮かない顔とは違い優しい笑顔を作った。無理して笑っているのは私でもわかる。


「何かあったの?」

「ううん。なんでも。でも昨日全然寝てなくて眠いかな」

「今日も? また授業で寝ないようにね」

「またノート見して貰うかも」

「別に大丈夫だけど。たまには授業受けたら?」

「それはきつい」


 本当に苦虫でも食ったような顔をする彼はとても面白く、つい笑みが漏れてしまう。

 その時、ホームルームには少し早い時間。いつもはもう少し遅く来る担任の先生がクラスに入ってきた。当たりを見回し、中条くんを確認すると手招きした。


「中条、ちょっといいか?」

「ん?」


 昨日のことでまだ話したりない事でもあったんだろうか。彼は「ごめん」と私に一言言ってから席を立った。

 せっかく彼と話せる時間だったけど先生に呼ばれたのなら仕方ない。それに別に今日だけじゃない。

 ふと彼の携帯の画面がつきっぱなしだったことに気づいた。急に呼ばれたから切り忘れたんだろう。

 よくないとは思いつつ、その画面を見てしまう。メッセージの相手は優奈という子で名前的に女の子だろう。

 その相手の女の子から長文のメッセージが届いており、気になった私はその文面を読んでしまった。


 時折画面は暗くなったけど、はっきりと内容は理解した。理解したけど心が追い付かない。

 端的に訳すと、彼はその女の子に別れを告げられていた。


 ということはこの子と中条くんは前から付き合っていて、その返信に彼はあんなに悩み、別れ話を切り出されたから浮かない表情をしていたんだ。


 全ての辻褄が合った。

彼がずっと携帯を触っていたこと、浮かない表情をしていたこと、そして私だけじゃない、女の子に深入りしないこと。

 私の知らないところで物語が進んでいて、勝手にエンディングへと向かっているようだった。

 どうにもならない。こんなこといくらでもある。それでも、じゃあ、私のこの気持ちはどこへ向かえばいいの?

 ただ呆然と立ち尽くすしかない私だった。

 そのうち携帯は暗転した。


 なんで読んだんだろう。読まなければ勘違いしたままでも彼を好きでいれたのに。これからどんな顔して彼と話せばいいんだろう。


「鳩山? どうした?」


 戻ってきた彼にも、ずっと彼の席の横で立っていたことにもようやく気付いた。


「ううん。何でもない、ちょっとトイレ行ってくる」

「お、おう、そっか。もうすぐホームルーム始まるから急げよ」

「うん」


 取り繕った笑みを浮かべて、私はトイレへ駆け出した。

 きっとこれが取り繕ったものだと彼はわからないだろう。そのことに少し安堵し、同時にとても寂しかった。

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