第2話
「どうしたの?」
「おう。鳩山か」
放課後、皆が部活やら遊びやらでクラスを後にしていく中、中条君だけが席でうなだれていた。莉子も例に漏れず部活に向かったし、彼に声をかけても問題ないだろう。それに彼と話す機会は大事にしたい。
少し赤くなった目はきっとずっと寝ていたからだろう。それに彼はなんとも困った様子で眉を下げて文字通りに口をへの字に曲げていた。
「今日俺日直なんだけど、授業内容寝てて聞いてないから書けないんだよ」
思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ、これ書けないと帰れないんだぞ俺」
「ごめんごめん、中条君って変なところで真面目だよね」
「どこがだよ」
そういうところだよ、って言おうとしたけど気づいていないようなのでからかうつもりであえて言わなかった。
彼のこういう真面目で、そして少し抜けているところが面白く、愛おしかった。
前も先生の荷物を持って行ったけど教室が分からず迷っていたし、その前は自転車の鍵を教室に忘れたまま失くしたと勘違いしてそのまま帰ったり。
思い出すと笑えてくるようなエピソードが彼にはたくさんあって、そしてそんな彼の隣にいれることが嬉しかった。
「私のノート見る?」
「いいのか?! ありがと! やっぱり鳩山優しいな」
「別に大したことじゃないよ」
それに私は好きでやってるだけだし。
彼は私のノートを食い入るように見ながら、それでも理解できないところは私が要約して、なんとか学級日誌を完成させていた。
彼は本当に嬉しそうにしていて私もつい嬉しくなる。
「よかったね。それじゃあ私はこれで」
「待って。さすがに悪いから帰りに何か奢らせてほしい」
「え、いいよそんなの」
「いいから。ちょっとこれ職員室に届けてくる」
そう言いながら駆け足で教室を後にしていった。
本当に見返り何て求めてなかった。ただ彼の力になれればと思って貸しただけだったが私からすればそれが何倍にもなって返ってきた。
それは奢ってもらうものではなく、彼と過ごす時間が少しだけ延長されたという幸福だ。
「こら! 廊下を走るな!」
きっと中条君のことだ。私はまたくすりと笑った。
数分待っていると懲りずに彼は走って帰ってきた。私を待たせないようにという彼なりの配慮なのかもしれない。
「ごめん待たして。帰ろうぜ」
「うん」
私と中条くんは帰りの電車こそ違えど、電車通学のため駅までは同じ道のりだ。
だから一緒に帰るのも初めてではない。でも、彼から一緒に帰ろうと言われたのは初めてだったからか、とても心臓がドキドキした。
「しかし、なんで俺が寝てること先生知ってんだろ。席も後ろなのに」
「そりゃあ先生の席からだと誰でも目につくよ。それに中条君は目立つしね」
「そんなことないだろ」
私の目を抜きにしても彼はクラスじゃ目立つほうだろう。体も大きいし、何より雰囲気がある気がした。
「笑うなよ」
「ごめん」
彼の困り顔につい笑ってしまっていたらしい。
私が学校でこうして笑う頻度は決して多くはなく、両親からも少し笑っただけで『珍しい』と驚かれるほどだ。
それでも、彼といるといつも笑っている。そんか気がした。
「何買う?」
駅下にあるドーナツのチェーン店に入った。そこで私は遠慮なくオールドファッションをお願いする。
彼は3つほど自分のを買った。
「お持ち帰りで」
そんな些細な言葉ひとつで気分が沈むようだった。店内ならもう少し一緒にいられるのに。
でも私では口には出せなかった。
2人で食べながら歩く改札前では、もう会えなくなるんじゃないかと思うほどに寂しい。もうちょっとだけ、そう彼の袖を掴めたらどれほど寂しさが埋まるのだろう。
そう考えながら開札を通った。
「じゃあまたな!」
「うん、また」
大丈夫。きっと表には出していない。
ホームにはまだドーナツを食べる彼がいる。
いつもこの反対側のホームで私だけが取り残されている気さえした。
まもなく彼の乗る電車が来た。手を振る彼が映って、間もなく通り過ぎていく。私も自分の家に帰る電車に乗った。人が多く、たまに大きな揺れが起こっては人ごみに揉まれて大きなため息が漏れた。
はぁ……どうして私だけが、こんなにも揺れているんだろう。
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