第45話 コビットは見ていた、ずっと前から何もかも

 速水瑛人は約1週間の昏睡の後、目を覚ました。

 瑛人が目を覚ますと、ベッドの横には染野桂子がいて、ちょうど見上げる形になった。首からさげたネックレスやイヤリングがきらきらと揺れている様子が見えた。ふだん、この角度で女子を見上げることはなかなかないだろう。瑛人の様子をみると、染野の目からは大粒の涙が流れだしていた。その涙は部屋の光りを反射し、きらきらと輝いていた。

 瑛人はしばらく入院していたが、瑛人が退院するまでの間に、瑛人の母奈菜が五体満足な状態で現れた。瑛人が夙川邸を訪問する前から速水奈菜は復帰していたが、ネットワーク上に逃走したロシアの元大統領の捜査のため、そのことは隠されていた。速水奈菜は、当時、『こびっと』を通じて、夙川邸の内部の様子を確認し、機動隊突入のきっかけを与える役目を果たした。

 染野桂子はのちのち語った。ずっと大事にしていたロボットに憑依していたのが恋人の母親だっただなんて、まるで、ホラー小説みたいであったと。


 なお、フランカーに追尾されたB777であったが、無事に現地に到着した。そこに搭乗していたのは山路美咲ではなく、山路教授本人であった。

 実は、娘の美咲は数か月前に渡欧していた。一人で留学した娘の様子が気になった山路教授は、娘の様子を見に行くために秘密裏に飛行機に搭乗し、その途中の出来事であった。

 山路教授はのちのち、速水に対してこのように語った。

「いやあ、速水君のおかげで命拾いしたよ。本当にありがとう」


 数か月後、夙川隆作の作品はその年の銀杏並木文学賞の大賞を受賞した。夙川隆作は東大三四郎新聞の取材に対してこう話した。

「なんだか、夢のようでした」

 作品の執筆に使われたデジタルペンは東京大学図書館に寄贈され、しばらくクリアケースの中で展示されていた。

 誰にも気づかれなかったがこのクリアケース、耳を当てると、デジタルペンからはロシア民謡が聞こえるといいううわさが立ったが真偽のほどは明らかではない。

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