第42話 モスクワから来た催眠術師と特攻空母

 瑛人は、染野桂子の元に駆け寄り、ARヘルメットを外し抱き寄せた。『こびっと』は床に落下し、からからと音を立てた。

 夙川隆作はタブレットから顔を上げて、冷徹な声を発した。

「だいじょうぶだ。ゴミガールはただ気絶しているだけだ」

 速水瑛人は、近くにあった花瓶を手に取り、怒りに任せて夙川隆作に投げつけた。花瓶は夙川の頭部に直撃し、花瓶は床に落ちて砕け散った。夙川の顔が水浸しとなった瞬間だった。何かジジジと放電するような音が聞こえた。夙川はそれでも、デジタルペンでタブレット上に執筆を続けていた。

「お前が主人公なんだが、いまはどんな気分だ。次はクライマックスだ。もっと厳しいぞ」

 夙川隆作は恍惚とした笑みを浮かべながら、痛みに耐える瑛人に顔をぐっと近づけて、さらに小声でささやいた。

「ちなみに、もし、仮に私の正体がロシアの元独裁者『シラミ=ジル』だったとしたら、どうするかね?」

 夙川の輪郭は青白く光り、人相がだんだん変化し始めた。鼻が高く、目が青く、髪が白くなっていった。瑛人はその顔を直視した。


「あ、お前はあの時の・・・・」

 

 『夙川隆作』は、瑛人の言葉を無視して話を続けた。

「次は空母が相手だ。このパイロットはお前の母親だ」

 スクリーンには東京湾を航行中の空母が映し出された。これは、日本政府がフランスから買い付けた中古の軽空母ジャンヌダルクで、改修前に立ち寄った横須賀基地に停泊していたものであった。

 ジャンヌダルクは東京湾内を無人航行して北上を続けていた。海上保安庁の必死の制止も虚しく、停戦する様子はなかった。

「さあ始めるぞ、特別軍事訓練を」

 ビッグサイトは国際ドローン展が開かれていて、ビジネスマン達でごった返していた。ちょうどその時間は防衛省幹部が講演のため会場を訪問していた。

 防衛省幹部の講演をサポートする速水正一氏も同じ会場にいた。


 青白く光る空母ジャンヌダルクはついに東京湾ゲートブリッジに迫っていた。ゲートブリッジは一般車両が通行止めとなり、パトカーが集結し、横並びとなっていたが、空母はそのままブリッジに突入。逃げ遅れたパトカーがブリッジから次々と海に落下した。

 なぎ倒される東京湾ゲートブリッジの轟音が辺りに響き渡る。この時になってようやく周囲の市民は異変に気付いた。

 東京湾ゲートブリッジの先には東京ビッグサイトがあり、空母はさらに北上を続けていた。迫りくる巨大な空母の姿を目視確認できるようになっていた。東京ビックサイト内では非常ベルと避難を呼びかける放送が鳴り響き、出口に殺到するビジネスマン達で大混乱に陥っていた。

 防衛省幹部と速水正一はその場から出られずにいた。講演会場は遠隔ロックされていたのだ。窓の外にはビックサイトに迫る巨大な空母の姿が見えていた。


 ほどなくして、遠くからF2が飛来し、爆弾を投下。エンジン部を狙ったが、軌道はそれて、甲板に着弾した。轟音とともに火の手が上がった。

「やめろ!!やめろ!!」

 速水瑛人は必死に叫んだ。

 『夙川隆作』はARヘルメットをかぶり、現場付近のドローンに憑依してその様子を眺めていた。

 続けて、瑛人がARヘルメットを再び装置しようとしたが、偏光レンズに亀裂があるのを見つけた。

「いや、まだ使える」

 瑛人がARヘルメットを起動。憑依した先は極超音速ASMであった。その極超音速ASMはいま、東京湾上で待機するF3にぶら下げられた状態となっていた。

 極超音速ASMならば、空母の機関部を一撃で破壊できるだろう。しかし、そんな経験値はない。そもそも、一歩間違えれば、空母もろとも母親の魂を破壊することとなってしまう。

 気が付くと、速水瑛人の隣に何人もの人影が立っていた。

「ちゃんと狙え。そんなに震えていたら、当たらないぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る