第40話 民間機B777vs地対空ミサイル

 瑛人が私設博物館の地下を下っていく階段には照明がなかった。ところどころに設置されていたセンサーライトをたどったり、小型プロジェクターが案内表示に従って、道を進むと広い空間が現れた。その奥に夙川隆作が待ち構えていた。背後には巨大なスクリーン、中央にスカイグラディエーターの筐体が2台。そして、傍らにおかれたソファーの上には染野が横たわっていたのが見えた。

 瑛人は染野桂子の元に駆け寄った。

「どうした?気分が悪いのか?だいじょうぶか?」

 染野は、黒いドレスをまとっていた。完成式に出席するつもりだったのだ。

 背後から夙川隆作が近づき、不気味な笑みを浮かべていた。

「別に怪我はない。ただ、眠っているだけだ。僕の小説なんだけどちゃんと最後まで読んだかね?実は未完成なんだ。この式典の最期には完成する予定になっている。君たちの協力を得たうえでね」

 夙川隆作は立ち歩きながら話し続けた。

「まず、これを見てほしい」

 目の前の大型スクリーンがとある民間機の映像を映し出した。

「このB777はいま、ヨーロッパに向かっている。しかし、GPSの誤動作により、この旅客機はゲルニカ共和国の防衛識別圏に侵入しつつある。君のディープパイロットの能力でこの民間機を救ってほしい」

「他国の領空で戦闘を行えば主権侵害になる。それはできない」

「大丈夫だ。戦闘にはならない。民間機は戦闘機から逃げるだけだからだ」

「仮にそうだとしても、この民間機に関わる理由はない」

「いや、お前は参加せざるを得ない理由がある。理由はこれだ」

 夙川はとある航空チケットに関する書類を取り出した。チケット受け取りのアルファベットで直筆サインがある。そのチケットは署名欄に『YAMAJI』と書かれていた。便名はまさに、いま、防衛識別圏に侵入したB777のそのもののものであった。

「ヨーロッパに向かうこの民間機。どうやら、君の知り合いが搭乗しているようだ。君なら、この機体を救えると思うが、それでも、見殺しにするのかね・・・。さあどうする、エイトくん」

 瑛人は、長い瞬きをしながら深い呼吸で息を整えた。美咲との最後の会話が耳の奥から聞こえた。美咲の弱弱しい声が何度もこだました。

「ふふふ。お前は、このあと『参加する』というだろう」

 いちいち言いなりになるのが気持ち悪いので、瑛人は黙って筐体に乗り込み、ARヘルメットを装着した。瑛人は一度、振り返って染野の方を見た。

「桂子ちゃん、すまない。これが最後のディープパイロットモードだ」


 瑛人は、ディープパイロットの感度を上げて、B777の操縦を確保した。背後にフランカーが迫りつつあった。

「くそ、また、フランカーか」

 フランカーの警告は曳光弾の射撃から始め、すぐに空対空ミサイルによるロックオンに切り替えた。初めから撃墜する気だったのだ。瑛人はB777の両エンジンをカットオフ。チャフの代わりに燃料放出を行った。燃料は空中で凍結。ミサイルの追尾を攪乱させた。

 フランカーの発射した空対空ミサイルは、B777を補足しきれず、空中で自爆。フランカーは逃げ去った。瑛人の足に激痛が走った。曳光弾の何発か機体に命中していたのだ。

 その頃地上では、ゲルニカ共和国領内の地対空ミサイルが青白く光り、B777に照準を合わせていた。フランカーが急に逃げ去ったのは、ミサイルの被弾を避けるためであった

 地対空ミサイルは上空までロケットブースターで上昇するが、そのあとは操舵翼で滑空しながら目標に命中する。つまり、原理的にはミサイルよりも速く降下すれば、地対空ミサイルを逃れることができる。

 瑛人は旅客機の内にベルト着用のサインを出した。間に合うだろうか?これで乗客全員がすぐに着座し、シートベルトをしてくれているだろう。そのように祈るしかなかった。

 そして、B777は急降下を始めた。機内は食事の最中だった。肉や魚どころか、配膳用カートやキャビンアテンダントが空中に飛び交う地獄絵図と化した。観光客、新婚旅行客、ビジネスマンから大学教授に至るまで旅客機に搭乗している誰もが恐怖で絶叫。地対空ミサイルは目標を外し、B777は防空識別圏を脱した。

「ははははは、こいつはやばいな。すばらしい。こんなに面白い作品が書けるとは思わなかった。ははははは」

 夙川隆作はデジタルペンを使ってタブレット上に筆記し続けていた。

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