第31話 さっぱり売れない生協の作品集 誰も読まない総合図書館の作品集


 東大本郷キャンパスの生協書籍部で新刊コーナーに新たなポップが出現した。


   夙川隆作(文学部4年)による三部作ついに完結(各1600円)

      『モスクワからきた催眠術師』

      『コーカサスのドローンパイロット』

      『生物ドローン兵器の恐怖』


 東大の生協書籍部では、学内の文芸サークルが発行した作品集がまれに売られている。しかも、レジ近くのいい位置で売られているのである。その脇で夙川の小説の置かれていた。今回もすべて自費出版である。

 誰もが目に付くいい位置に置かれていても、誰も手に取らない。全く売れない。見える位置にあっても風景と化し、素通りされていた。


 ウクライナ戦争の停戦から4年。紛争の中心地はコーカサス地方へと飛び火していた。オセチア連邦とゲルニカ共和国の間では激しい戦闘が何年も続いたが、両国とも経済が破綻。何度も停戦合意したが、停戦合意後に戦闘が収まらず、合意破棄と戦闘継続が繰り返されていた。その背後にはロシアの旧大統領派の影響であると言われていた。秘密裏に、そのコーカサスの戦場のドローンを遠隔操作する瑛人。その標的は旧ロシア軍であった。


 その日、瑛人は東大総合図書館を訪れていた。ドローン操縦技術をさらに高めるための参考書を探すためであった。東大総合図書館には過去の銀杏並木文学賞の応募作品が図書館に収められている。普段、気に留め事がなかったが、瑛人はその作品集に夙川隆作の過去作が含まれていることに気が付いた。

「どれどれ、夙川はどんな作品を書いているんだろう?」

 瑛人は興味本位で夙川の作品を手に取った。しかし、読み進めるにつれて、瑛人の表情はみるみる変化していった。そこにはフランカー対F16の戦闘の詳細が記載されていたからだ。


 瑛人は少々混乱し始めていた。夙川がアッシリア共和国のF16が遠隔操作されてフランカーを撃墜したときの話を知っている。なぜだ。

 夙川の作品に細かい説明があった。スカイグラディエーターの通信が何らかの理由により実際の戦闘機の信号と混線。スカイグラディエーターを操作していた人物は実戦と気付かずに、敵機を撃墜したとまで書かれていた。


 ばかな!!


 瑛人は思った。このままこの作品集を借りてしまい、一切、返却せずに借りっぱなしにできないだろうか?その時、瑛人の後ろから革靴の歩く音が近づいてきた。瑛人が振り返ろうとしたとき、背後から生暖かい吐息と耳元でささやく声が聞こえてきた。

「あれー、エイトくんじゃないか、君が読んでいるのはぼくの作品じゃないか。落選作品なんて読んでどうするんだい?」

 瑛人は必死に応じた。

「読んでない。たまたま、めくっていただけだ」

 声の主は夙川隆作であった。夙川隆作は位置を変えることなく続けた。

「ははははは、構わないよ。ちなみに、僕はこの作品の執筆のため、ゲーセンに通い詰めたんだ。最終的には自宅にスカイグラディエーターの筐体を購入してしまったんだけどね」

 夙川はニヤニヤしながら一歩詰め寄った。瑛人は一歩後ろに下がった。

「君の操縦をもっと見てみたいんだ。どうだい?今度、僕の家に遊びに来ないかい・・・」

「遠慮する。いや、最近は学科の授業が忙しくて・・・」

 夙川はさらに一歩詰め寄り、それに合わせて瑛人はさらに一歩後ろに下がった。

「ちなみに、別にその作品、面白くないだろう。代わりに君には特別に自費出版で作成した僕の作品集をご自宅に送ってあげようか」

「そ、そこまでしてくれるだ。う、うれしいね。あ、ありがとう」

「ふふふ、どういたしまして。ちなみに、筆者のところなんだけど「NOBELIST夙川」って書いてあるの、意味わかったかい?」

 瑛人は、銀杏並木文学賞の作品集の表紙を見返した。たしかにそこには「NOBELIST夙川」と記載されていた。おそらく、ペンネームなのだろう。

「小説家ってことか?正しくは『B』ではなく『V』だと思うが」

「ちがう。小説家ではない。ノーベルだから『B』だ。『NOBELIST』はノーベル賞受賞者って意味だ」

「そ、それは、ノーベル平和賞なのか?」

 夙川はさらに一歩詰め寄った。瑛人の後ろは本棚でこれ以上は後退することはできない。瑛人の額から冷や汗が流れた。

「ノーベル文学賞に決まってるだろ!ノーベル文学賞を狙ってるからNOBELISTなんだよ。はははは」

 至近距離で瑛人に迫っていた夙川はようやく顔を離し、背後を見せた。

 瑛人は思った。ノーベル賞って、狙って、取れるものでもなかろうに。

「ああ、そうだ。この先の一角にロシア文学のコーナーがあるんだが、4年前に亡くなったロシアの元独裁者は大の文学好きでね。彼が執筆していた作品がそこに収められているんだよ。よかったら、手にしてみるがいいさ」

 夙川隆作は満身の笑みを浮かべると立ち去っていった。

 4年前にドローン攻撃で死んだロシアの元独裁者は、自分の書いた小説を無理やり国民に読ませ、国民の不評をかっていた。その小説の直筆原稿がなぜか東京大学総合図書館に寄贈されていた。なお、原稿用紙に付着している血痕は、ドローン攻撃の際のシラミ=ジル元大統領の流血であると言われている。


 後日、瑛人の自宅に本当に夙川隆作の作品集が届けられた。不気味なことに、小包には切手や消印の形跡が一切見当たらなかった。ひょっとして、自宅の郵便受に直接、投函したのだろうか?だとしたら、どうやって自宅の住所を調べたのだろうか?

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