第29話 丹生はワイングラスを片手に東大三四郎新聞

 師走の迫る11月下旬の金曜日の夜、東大スピーチ連盟の丹生と鍵谷は駒下(駒場キャンパスの南側)のキッチン南海でカレーを食べていた。

「丹生さん、医学部の通用門、通称『鉄門』と呼ばれているようなのですが、金属製の門で『鉄』は別に珍しいものではありません。あと、法学部の『緑門』ですが、そもそも、緑色の門が見つかりません」

「鍵谷、その話はいいよ。そういえば、海野はどうした?」

「何だか東大三四郎新聞っていうサークルだか新聞社何だかわからないところ入り浸ってるみたいです。丹生さんとの会合を欠席するだなんて、ちょっと、どうかと思いますが」

「いいよ。彼にもやりたいことが見つかったんだろう。べつにいいじゃないか」

 丹生はカレーを食べる手を止め、かしこまった様子で鍵谷の方に体を向けた。

「あと、東大スピーチ連盟の代表なんだが、そろそろ、次の人に引き継ぎたいと思っている」

「丹生さん、もうそんな時期でしたか。いったい、誰に」

 丹生はガラスコップの水を一口の飲むと答えた。

「次の代表なんだが・・・鍵谷、やってくれるか」

「丹生さん!!」

 鍵谷は感激のあまり目を潤わせた。


 丹生が自宅にたどり着くと郵便受けを確認した。そこには今月号の『東大三四郎新聞』が届けられていた。丹生は冷蔵庫の中から取り出した果実酒をグラスに注ぎ、東大三四郎新聞を広げた。

「どれぞれ」

 今月号の1面は本郷キャンパスで行われたスタンプラリーのイベントについての記事であった。本郷キャンパス内にはところどころに『おおすみの模型』や『カミオカンデの模型』などがあり、一般公募された小学生がスタンプラリーを行ったというものであった。

「いまどき、スタンプラリーもアプリでやるのか」

 丹生は記事に読み入っていた。

 次のページには、駒場キャンパスの野良ネコを本郷に移住させる保護猫グループの活動について書かれた記事が見えた。さらに、ページをめくると、『未来のミスター東大生』のコーナーがあった。

 記事によると法学部四年の廣村という人物は、勉強時間確保のため、つねに競歩のような速度で移動しており、喋る時間もやたら早く、語学学習用の映像の視聴も常に2倍速だそうだ。

「これではミスター東大ではなく、ミスった東大生だな」

 丹生は一人で苦笑していた。

 丹生は読み終えた東大三四郎新聞を畳むと、グラスを片付けるために席をたった。テーブルの上に置かれた東大三四郎新聞の下部には、夙川隆作の小説に関する広告が掲載されていた。丹生はこの広告には気づかなかった。


「夙川隆作(文学部3年)による小説『モスクワからきた催眠術師』

 本郷キャンパスの生協書籍部にて発売中(1600円)」 

 なお、この小説は夙川隆作の自費出版によるものだそうだ。


 その後、鍵谷は教育学部に進学し、東大スピーチ連盟の代表となった。一方、丹生は教養学部を卒業すると大学院にはいかずイベント会社に就職した。それは、イベント会場にガンダムの立像を建てるという自身の夢のためであった。

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