第28話 知能工学部は課題の嵐 試験寝坊の危機到来

 3年冬学期、知能工学部の専門課程も本格化し、速水瑛人と染野桂子は日々の授業とレポート、そして試験対策におわれていた。

 普段、大学構内の図書館や演習室で一緒に作業することの多い二人であったが、半徹夜で試験勉強やレポートを進める際には、スマホでのカメラ接続により互いに見える状態にすることで、たまに息抜きをしながら、集中力を切らせないようしながら作業を進めていた。

 午前二時過ぎ、瑛人は一足先に課題を終わらせて席を立った。一方、染野の課題は終わっていなかった。本人の実力でも十分に終わらない内容ではなかったが、第一書記の雑用に手間取ったうえ、複素関数の小テスト向けのシケプリを作成したため、自分の課題が後回しになっていた。

 瑛人は父親の仕事部屋のシミュレータで戦車隊を撃退。そして、自室に戻った。

 瑛人はスマホに黒い塊が映っているのを見た。染野は机に突っ伏して寝てしまっていたのだ。

 時刻は午前三時半。染野の進捗はわからないが、このままではレポートが期限までに提出できない。

「桂子ちゃん、起きて。レポートをやらないと」

 スマホ越しに何度も声を掛けたが染野はピクリとも動かない。ひょっとして映像が止まっているのか?いや、画面越しに「こびっと」が部屋を徘徊していた。画面がフリーズしているわけではない。

 そうこうしている内に、時間は四時近くになっていた。もはや、時間の猶予がない。染野のファイルサーバーをクラッキングし、レポートを完成させることができるかもしれない。しかし、パスワードがわからない。そういえば、以前、パスワードは「えいとくん、えいとくん、えいとくん、えいとくんだよ」などと言っていた。あれはいったい何だったんだろうか?瑛人の発音はエイト、エイトは8。まさか、パスワードは「8888」なのか?

 IDに染野桂子のメールアドレス、パスワードに「8888」を入力して、ファイルサーバーのアクセスを試みる。すると、なんと、アクセスできた。知能電子工学科の代表のような立場なのになんと脆弱な設定なのか。

 染野桂子のサーバー内は、きれいに整理されていて、明日までの提出物が一つのフォルダにまとめられていた。

「サーバーの中は整理されているのに、部屋の中が整理されていないのはなんでなんだ?」

 その時、染野桂子が「うーん」と動いた。あぶない、あぶない。今のタイミングでは起きなくてよかった。

「どれどれ、知能工学概論Ⅰの今週のレポートは完成している。量子力学Ⅱのシュレーディンガー方程式のレポートはいちおう完成している。でも、ちょっと式が違っているような・・・。あと知的財産・特許の特許調査のレポートは完成している。学生実験のレポートは考察が埋まっていない。完成していないのは実験の考察だけか・・・」

 知能電子工学科は、旧電気電子工学科の授業を受け継いでいるために履修範囲が膨大である。三相交流どころか量子力学、複素関数から最新のAI技術まで履修範囲に詰め込まれていたのである。

 瑛人はキーボードをたたいて、実験レポートの考察を追記した。本文が5ページに対して、考察を2ページ追記していしまった。ついでにシュレーディンガー方程式の展開式について何カ所か訂正を加えた。窓の外は白み始めていた。

「ふー、終わった。自分の恋人が必修の単位を落とすところなんて見たくないからな・・・」

 そう思いながら、染野の履修スケジュールを眺めていたところ、瑛人はあることに気づいて、ふたたび慌て始めた。

「おい、桂子ちゃん。おきて、複素関数の小テストは今日だよ。今日の一限だよ」

 瑛人が何度大きな声を出しても染野はピクリともしない。どうしようか?そのとき、再び、こびっとがスクリーンの中に映りこんだ。

「こびっと、桂子ちゃんを起こして」

 瑛人の声に反応したコビットは染野を叩き起こし、朝食の準備や大学に行く支度を手伝い、そして、染野は自室を出ていった。

「朝の支度を手伝うだなんて、まるで母親みたいだな」

 その時、コビットの目がぎらりと光った。

 そして、瑛人がスマホを切ろうとしたときになって、瑛人は何かを忘れていることに気が付いた。

「桂子ちゃん、忘れ物だよ。スマホ、スマホ忘れてるよ!!」


注) 「こびっと」と「コビット」の表記がありますが、誤記ではありません。

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