第27話 瑛人を気遣う父 今日は白金台だからな・・・

 ある休日の早朝、瑛人の自宅リビングのTVでは国営放送のサテライトニュースが流れていた。

「今日もキエフ上空では無人戦闘機同士の戦闘が行われ、市民に被害が出ました。ロシアの大統領が殺害されて3年が経過しましたが、未だに紛争終結の道筋が見えません。元大統領のデジタルツインがネットワーク上に拡散し、無人機に戦闘指示を出しているためです。ロシアとウクライナを含む各国は連携し、各デジタルツインのデリートに努めています」

 瑛人は、TV映像のスイッチを切ると、その傍らで瑛人はグランドピアノに座って何となく弾き始めた。

 瑛人の自宅のリビングにはグランドピアノがおいてある。瑛人が小さい頃、ピアノを母から教わった。ピアノはいつも母に聞いてもらっていた。母がいなくなってからは、瑛人はピアノを弾くことがなくなってしまっていた。ひさしぶりだ。ショパンから始まったが、いつの間にかYOASOBIになっていた。曲が終わったタイミングで父親が拍手をしていた。

「なかなかの腕前だな。今日はどうした?ちょっと疲れているのか?朝から顔色がよくないようだが・・・」

 瑛人はしばらく静かに黙っていた。

「今日は、白金台医科学研究センターに行く日だからな・・・」

 正一の気遣いは、奈菜の救出作業に対するものであった。


 瑛人は白金台医科学研究センターに設置してあるドローンシミュレータで仮想空間に没入していた。仮想空間は真っ暗な洞窟のようなところで、そこを動き回ると青く光るカプセルが見つかった。

「瑛人くん、感度を上げてみて」

 研究センターの職員が指示し、瑛人はヘルメットのダイヤルを回した。すると、カプセルはさらに強く発光した。これは、「エスプリット」つまり魂の象徴。母親奈菜のカプセルは瑛人が近づくと発光する。これは瑛人にしかできない作業である。

 奈菜のカプセルが見つかると、職員は特殊なツールで回収する作業を開始。職員が作業をしている間、瑛人は一旦休憩となった。


 白金台医科学研究センターの廊下の脇に自販機コーナーがあり、そこで正一と瑛人はコーヒーを飲みながら待機していた。瑛人は正一に話しかけた。

「おやじ、ひょっとして来週も白金台で作業なのか?」

「いや、まだ決まっていないが、どうした?何か用事でもあるのか?」

「大したことじゃないんだけど、染野の誕生日なんだ。予定を空けておこうと思う」

「ああ、わかった。ちゃんとしたプレゼントを用意した方がいい。以前、チタン合金でネームプレートを作るとか言っていたけど、そういうのはやめておいたほうが・・・」

「よろこんでいたよ」

 正一は手にしていたコーヒーを一口ごくりと飲んだ。

「そうか、やはり、東大理系女子ともなると、欲しいものもちがうんだな・・・」

「なあ、おやじ」

「何だ?」

「今回のプレゼントなんだが、鞄にしようと思う。最近、日本の女性の間ではサマンサ・タバサというものが流行っているそうだ・・・」

 自分の息子から決め台詞のようにサマンサ・タバサなる単語が発せられる場面に直面。正一は手にしていたコーヒーを飲み切りながら、もやもやした思いを押し込んだ。最近というか、結構、前から何だが・・・。

 正一は、手にしていた空き缶をゴミ箱に捨てた。

「奈菜が復帰したら、みんなで食事をしよう」

 その発言に瑛人は違和感をおぼえた。まだ復帰することは確実でもないのに、なんと気が早いのだろうか?いや、まて、いま、『みんな』っていったな?どういうことなんだろう?

「いま、『みんな』って言ったな。『みんな』って何?」

「染野さんを呼んだらどうだ」

「ちょっとまて。いったい、どんな状況なんだ。なんで染野と一緒に家族と食事なんだ。あと、母さんは、整理整頓とかにきびしかったと思うが」

「それがどうした?」

「あまり、部屋が汚かったりすると母さんが気に入らないんじゃないのか?」

「別に部屋を見せろと言ってるわけじゃないんだ。会って食事するだけだろ。まあ、考えておいてくれ」

 奈菜の病室では職員がカプセルの回収を終えていた。ディスプレイ上では回収したカプセルが表示されていて、その中で青い炎が静かに揺らいでいた。

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