第26話 東大スピーチコンテストに中学生登場

 東大スピーチ連盟のスピーチコンテストが安田講堂で開催された。テーマは「国際平和」である。コンテストの開幕に当たって、まず、東大スピーチ連盟代表の丹生が挨拶のスピーチを行った。

 スポットライトを浴びながら、壇上に登るカリスマ代表の丹生にゅう。クールな表情から情熱的に発せられるスピーチは、瞬時に観客を魅了した。


 速水瑛人はその様子を二階席から眺めていた。

 丹生のスピーチが終わると、丹生の追っかけ女子たち(通称ニウガールズ)が、一斉にステージの前に駆け寄り、ガンダムのプラモデルを投げ入れた。

 ステージ上にガンプラが大量に散乱した。副代表の鍵谷が右手を上げると1年が一斉にステージを走り回り、ガンプラは一台ずつ丁寧に回収された。

 丹生はガンプラの収集家で、自宅ではガンプラが所狭しと並べられている。その有様はまるで宇宙要塞ソロモン攻防に集結した連邦軍とジオン軍のようであると言われている。なお、丹生の組み立てたガンダムはすべて『丹生にゅうガンダム』ということになる。


 スピーチコンテストの中休み。東大スピーチ連盟の幹部たちは安田講堂横の地下の食堂で休憩を取っていた。

 ゆっくりとお茶を飲む丹生に鍵谷が進言した。

「丹生さん、これ、見て下さい。本郷キャンパスの生協で売られている『赤門スープ』です。パッケージに赤門の写真が使われていますが、中身はただの学食のスープです。学外の人間はそのことに気づかずに買って行ってしまっているようです」

「鍵谷、その話はいいよ。それより、途中経過はどうなっているのか?」

「失礼しました・・・。えーと、東京外国語大学の羽田さんが今のところ有利かと」

「そうじゃない。『あっち』だ」

「ああ、そっちでしたら、それでしたら、ザクが4体、旧ザクが3体、ガンダムが3体といったところです。珍しいところですとパーフェクトジオングとザクレロが1体ずつありました」

「ほう、パーフェクトジオングか。ふむ、悪くないな」

 海野うんのがすかさず口を挟んだ。海野うんのも無類のガンプラ好きだからである。

「丹生さん、僕にもガンプラを少しわけていただけませんか?」

「ふむ。ザクレロだけだぞ」

 

 その東大スピーチ連盟スピーチコンテストには、中学生枠で山路美咲がエントリーされていた。かつて、速水瑛人に「私が将来、国連職員になって、世の中の紛争をなくすのよ」と語っていた山路美咲のテーマは「ドローン兵器の禁止」であった。

 山路美咲は紺色のブレザーに赤のチェックのスカートの制服姿で登壇。これは渋川学園検見川の制服である。小6の時は眼鏡を使用していなかったが、中学生となった美咲はメタルフレームの眼鏡を装着していた。

 美咲は落ち着いた声量でスピーチを始めた。山路美咲の話を聞きながら、瑛人は数か月前の親父との会話を思い出していた。

 

 ゲームセンターに設置してあるスカイグラディエーターは自衛隊向けの軍用ドローンシミュレータのコピー版で、バグの検証という役割を果たしていたのである。そのことを瑛人が知らされたのは最近のことだった。だから、初めからARヘルメットに互換性があったのだ。

 父はスカイグラディエーターについてこのように語った。

「瑛人、その話、気になるか。スカイグラディエーターはドローンシミュレータの民生版だが、ネットワーク上では完全に分離されている。スカイグラディエーターから遠隔のF16に接続する可能性は『ほぼゼロ』といってもよいだろう」

 スカイグラディエーターから遠隔に接続する可能性は「ほぼゼロか」。つまり、ゼロではないということか。おやじ、ついに問題発言をしたな。瑛人は思った。

 確率論的な話からすると、ゲーセンのスカイグラディエーターが混線を起こす可能性は『ほぼゼロ』である。しかし、瑛人はもっと確実な方法を知っていた。親父の仕事部屋にある簡易版シミュレータを使えばよいのだ。自分のドローン操縦技術があれば、あっという間に敵の戦車隊を駆逐し、コーカサスの紛争を終わらせることができるだろう。きっと、誰にも知られることなく。瑛人はそう思っていた。


 山路美咲の立つ壇上のスクリーンには、戦場のクリップ映像がつぎつぎと映し出された。ドローンの第一人称視点で敵戦車に突っ込む映像。戦車の中にドローンが飛び込みパニックに陥る戦車内の映像。上空から飛来したドローンに破壊された戦車隊の映像などであった

「昨日のニュースでもコーカサス地方での戦闘にドローンが使われました。これはロボット同士の戦闘ではありません。操作しているのは遠隔にいる生身の人間。つまり、人間同士の戦闘なのです。そして、ドローンパイロットは遠隔の安全な場所にいながら、こういった破壊行為を行っているのです」

 瑛人はだまって聴き続けた。それはわかっている。それはわかっている。

「そのためには、まず、ドローンを平和利用に限定することを提案したいと思います」

 美咲はクライマックスでは手ぶりを加えながら、力強く自分の主張を語り掛けた。山路美咲が壇上でお辞儀してスピーチが終わった。すると、会場から、わっと拍手が湧き出した。スポットライトを浴びる美咲の眼鏡フレームはギラギラと輝いていた。

「美咲ちゃん、大きくなったね。中学生なのに立派な意見だ。入試問題をまじめに解かなくてファミレスで叱りつけた頃が懐かしいよ」

 瑛人は二階席から会場の写真を撮ると荷物をまとめ始めた。

「そのドローンパイロットが仮にも、君の元家庭教師だったら、どうするかね?」

 速水瑛人は二階席から美咲の発表に拍手を送ると、表彰式を待たずにそっと会場を後にした。

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