第16話 二年夏学期、理系の進振り、白金台の速水奈菜

 瑛人の大学2年夏学期が始まった。

 東京大学の新入生のうち文系は文Ⅰ、文Ⅱ、文Ⅲ、理系は理Ⅰ、理Ⅱ、理Ⅲに分かれて入学する。そもそもな話、入学試験はどの科類でも共通問題が多く、科類ごとに異なるのは合格最低点である。

 文Ⅰは法学部、文Ⅱは経済学部、理Ⅲは医学部などあらかじめ決まっている進学先が決まっている場合もあるが、理Ⅰ、理Ⅱなどほとんどの理系生徒は進学振り分けを経て学科が決まる仕組みとなっている。これが進学振り分けである。

 速水瑛人の目指す知能航空工学科の基準点は83点。速水瑛人の持ち点は1学年が終わった段階で89点。語学の点数がけん引した。逆にフランス語が苦手な染野桂子の持ち点は78点。知能航空工学科には少し足りない。2学年の夏学期で挽回は可能だが、ほとんどの必修教科が1学年なので、大きな変動は見込めない。

 なお、知能電子情報工学科の基準点は74点なので、染野が知能工学系に行くには特に問題ない状態であった。


 5月連休の某日、速水瑛人と正一は白金台医科学研究センターを訪れていた。速水瑛人の母親の奈菜が白金台医科学研究センターの特別病棟に入院していたからだ。かつて、正一は「母は外国にいる」と言っていたが、真っ赤な嘘であったのである。

 近年、世界の紛争現場においてドローンは相手の正面装備に立ち向かい、打撃を与える重要な役目を果たすようになっていた。しかし、ドローンを完全自律で動かすには技術開発に時間もコストもかかりすぎる。ドローンを遠隔で操作し、自爆攻撃を行わせるための操縦装置が、速水奈菜が開発したARヘルメットである。

 速水奈菜の開発したARヘルメットはドローンだけではなく、無人機、飛翔体、戦闘機に至るまであらゆる装備を操作できる汎用性があることがわかっていた。これにより、速水奈菜は、防衛装備研究所で上席研究員へと昇進したが、事故が起こった。

 遠隔で護衛艦搭載のイージスシステムを操作する実験をしていた時であった。実験中に速水奈菜は気を失い、意識不明となった。設定感度が限界を超えたまま、長時間使用していたためであった。

「おい、奈菜、瑛人が来たぞ」

「瑛人、すまなかったな。機密の関係で息子といえども既定の年齢までこのことは秘匿にしなかればならなかったんだ」

「おやじ、ARヘルメットが危険だとわかってて、何で、俺に渡したのか?息子を危険にさらす気か?」

「現在のARヘルメットは安全面で改良されているので、以前のような事故は起きない。試行錯誤した結果、ネットワーク上に散逸した奈菜のエスプリットは、実の息子であるお前がARヘルメットを通じてネットワークに参加することで、誘引できることが分かった。今はようやく83%。あと少しで回収が終わる。あと、ちょっとだ」

「あとちょっとか・・・」

 正一の説明によると、散逸した奈菜の心はネットワーク上ではエスプリットという形態になっているそうだ。ただ、あてもなく漂っているわけではなく、何らかのデバイス上に停在している場合がほとんどだそうだ。

 なお、奈菜のエスプリットの残りの17%は東京大学を含む文教地区周辺のどこかに潜んでいる、そこまでの絞り込み進んでいたのである。

 瑛人は正一に質問をした。

「母のエスプリットが潜むデバイスが、物理的に廃棄されたらどうなる?」

「そういったことが起きないと願うしかない」

 

 白金台医科学研究センターから最寄りの地下鉄駅に向かうまで間、正一は瑛人に声を掛けた。

「超音速ミサイルの発射試験で疲れただろうから、友人とかと遊んで、気を晴らしなさい」

 その時、南北線の車両がホームに滑り込んできて、二人は電車に乗りこんだ。

 しかし、瑛人は思った。この親父の話、どこまで、真に受けていいんだろうか?ARヘルメットの性能について瑛人はいまいち信じきれていなかった。


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