第15話 超音速SSMを遠隔操作する瑛人、繰り返す桜花の悪夢

 3月末が近づくと速水瑛人の父は慌ただしく仕事をするようになった。それでも職場に出勤することはなく、在宅勤務が続く。朝から晩まで仕事部屋にこもりきりとなり、時々オンラインで会議をしながら、キーボードで何か作業をしきりに行っていた。

 タイミングを見て瑛人は父親に尋ねた。

「おやじ、最近、忙しそうだけど、どうしたんだ?」

「ああ、実はな、いま、研究開発中の超音速SSMでソフトウェアの不具合が見つかったんだ。予算消化の関係で今年度末の3月中に発射試験までやり切らなければならない。運が悪いことに、自衛隊幹部が発射試験を見学することになった。幹部の前で失敗するわけにはいかない」

 瑛人の父は、あっさりと仕事の機密を息子にばらした。

 再び仕事部屋に入ろうとする父親を瑛人が呼び止めた。

「おやじ。飛翔体を遠隔操作して発射試験を乗り切って、そのあと、じっくりソフトウェアの改修するのはどうか?」

「何だって?」

 瑛人は、MIL規格のARヘルメットで飛翔体を遠隔操作する案を説明した。瑛人には自信があった。普段から、スカイグラディエーターで飛翔体の操作に慣れているからであった。

「そんなことできるのか?」

「できるさ」

「わかった。新型ミサイルのお披露目だからな。しっかりと、目標にぶつけて、真っ二つにしろよ」

 父は不気味なくらいあっさりと瑛人の提案を受け入れた。まるで、ARヘルメットが飛翔体の操作に適しているかのような状況であった。父は補足説明を加えた。

「ただし、一応、言っておくがいいか?」

「何だ?」

「そのARヘルメットは、ブレインマシンインターフェースになっていて、思い通りに機体を操作できるようになっていると思う。ヘルメットの後ろ側に感度設定用のダイヤルがあって、感度を高めるとディープパイロットモードとなる。この場合、四肢の操作と同じレベルになるが、計算対象が打撃を受けた場合、その打撃がバックプロパゲーションし、神経系を通じて身体に直接ダメージを与える場合がある。絶対に感度を限界以上にするなよ」

「わかった」

 瑛人はARヘルメットの裏側のダイヤルを確認した。スカイグラディエーターで何度も使っていたが、今までこのダイヤルの存在に気が付かなかった。しかし、瑛人は思った。よくそんな危険なものクリスマスプレゼントにして息子に渡したなと。


 父親の仕事部屋の一角には大画面のディスプレイを3枚組み合わせた簡易的なシミュレーターが設置された。そのシミュレーターを通じて、超音速SSMを操作できるようになっている。シミュレータの映像は1人称視点であり、敵艦目指して飛翔する。これは、桜花と類似していた。父親がひたすら桜花のデータ解析をしていた理由がこれだったのだ。本番までの1週間、瑛人はひたすらシミュレーターで模擬訓練を続けていた。

 超音速SSM発射試験が迫ると、瑛人は桜花の夢を何度も見るようになっていた。夢の中で瑛人は別々の桜花の操縦士に憑依。敵艦への体当たりを繰り返していた。毎晩のように繰り返される特攻にうなされ、いつの間にか、瑛人はほとんど寝れない状態となっていた。

 そして、伊豆諸島の某所で行われる発射試験の日がやってきた。地上から発射された超音速SSMを、瑛人は自宅の仕事部屋から遠隔操作。洋上に設置した目標艦に見事に命中し真っ二つにして沈没させた。

「おお、瑛人。よくやった。当たったぞ」

 瑛人と正一は自宅の簡易シミュレータからミサイルを遠隔操作し発射試験を乗り切ったのである。瑛人は疲労困憊で椅子にもたれていたが、その傍らでは正一が声を出して歓喜していた。

「すごいぞ、奈菜。お前の開発したARヘルメット。息子が使いこなしてるぞ」

 正一は、歓喜のあまり、母親の消息をついに漏らしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る