第14話 トム・クルーズの『トップガン』か織田裕二の『ベストガイ』のどちらかを選べ
2月のある日、瑛人は染野に呼び出された。駒場の空き教室である。
大学1年と2年では第2外国語が必修である。瑛人と染野は二人ともフランス語を選択していたが、染野はフランス語に苦戦していいたため、瑛人を呼び出したのである。
ワークブックの勉強を始めてしばらくしたときだった。
「ねえ、お菓子食べない?」
「今日はフランス語の勉強をするというから時間を取ったのに、いきなり休憩なの?それに、ふだん、チョコなんて食べないだろう。急にどうしたんだ?」
「チョコあげるわ」
「あんなり、甘ったるいの好きじゃないんだけど」
そういいつつも瑛人は染野桂子の渡したチョコを口にした。
「染野は、チョコ好きなの?」
「えへへ」
瑛人は思った。チョコと聞いて染野はうれしそうにしている。はて、この間の晩に送られてきた『だいすき』というメッセージはチョコのことだったんだろうか?
それから数日後、速水瑛人は父親と夕食を食べていた。
「なあ、おやじ。あの女、やはりおかしい。何の見返りもなしにチョコを渡してきた」
「いつだ?」
「たしか、先週だから2月14日頃だ。やはり、染野は機密を狙うスパイなんじゃないかと」
父親は真顔になった。
「ひょっとして、お前はバレンタインデーとか知らないのか?」
「インターナショナルスクールでは、聞いたことがない」
「バレンタインデーというのは日本人の習慣で、女性が男性にチョコを送ることがあるぞ」
瑛人はスマホでバレンタインデーについて調べた。
「そうだったのか。あの日本人、手作りのチョコで報酬を得ようとしていたのか」
「お前も日本人だろ」
「だとすると、これは見返りを要求されているのか。迂闊だった。これは、困ったな」
父親は息子が深刻な世間知らずであると認識した。旧日本軍のデータ解析どころではなかった。いや、旧日本軍のデータ解析なんてやらせていたからこんなことになってしまったのだろうか?しかし、まだ、大学1年生。きっと、リカバリーできるだろう。
「それ、この間の写真の娘だよな。ふむ、そうだな。何か映画にでも誘ったらどうか?ちょうど、上野で復刻版の上映をしているようだが。これが一覧だ」
瑛人の父親は、スマホで映画の一覧を見せた。
「なるほど、この中だったらトム・クルーズの『トップガン』か、織田裕二の『ベストガイ』がいいな。どっちがいいだろう?」
「トム・クルーズに決まってるだろ」
3月の春休みのある日、瑛人は父親の勧めに従って、染野を映画に誘った。その日、瑛人は何だか満足げな様子で帰宅し、父親とそのことで会話をしていた。
「どうだった?」
「確かに参考になった」
「何が?」
「F14だよ」
父親は足を組み、真顔で話を聞き始めた。
「確かに親父が勧めてきた理由は理解できた。しかし、アクロバット用の専用機でもないF14が背面飛行を難なくこなすのは不自然な気がする。パイロットは射出するシーンは、座席にキャノピーを突き破る棒が備わっているはずだから、パイロットが直撃することはあり得ない。あと、空中戦に遭遇しても可変翼を収納したままだったりと、ちょっと変なシーンがいくつか見つかった。しかし、いい映画だったと思う」
「で、染野さんは?」
「横で同じ映画を見ていたよ」
「まさか、映画が終わったらすぐに解散したんじゃないだろうな」
「いや、それはないよ。映画の後は、コーヒーを飲みながら、映画の中身についてじっくり解説したよ。ついつい2時間近くしゃべってしまった。おかげで十分に理解できたみたいだ」
「2時間って、映画ぐらい長いじゃないか・・・。お前の話を2時間耐えられるとは、東大の理系女子はやはり、何か違うのかもしれない。まあ、仲良くなったようでよかったな」
「2時間なんて、東大入試の数学の試験時間より短いじゃないか。あと、次は『ベストガイ』を見に行こうと思う」
父親は顔をこわばらせた。
「それはひとりで行きなさい」
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