第13話 東大スピーチ連盟の安田講堂カップ

 染野桂子と速水瑛人が情報交換をしていた同じ食堂の窓際の席では、東大スピーチ連盟の幹部会議が行われていた。打ち合わせしていたのは丹生にゅう鍵谷かぎや海野うんのの3名である。

 東大は1~2年生が過ごす駒場キャンパスと3~4年生が過ごす本郷キャンパスがある。東大生のサークル活動はだいたい駒場キャンパスのみ。だいたい、サークル活動は2年生で引退である。本郷キャンパスへの進学後は、専門課程や国家試験の準備に忙殺されるため、本郷キャンパスではサークル活動はあまり行われていない。

 ただし、教養学部に進学した丹生は例外である。教養学部は本郷ではなく駒場キャンパスにあり、引退後もサークル活動に顔を出し、後輩たちの相談に乗っていたのである。

 気難しい表情で話を聞く丹生に対し、丹生にゅうを見つけた女子たちが、しきりに手を振っている姿が見えた。これに気づいた海野が丹生に小声でこのことを伝えた。

丹生にゅうさん、さっきから女の子たちが手を振ってますよ」

「ああ、いいんだ。全部、応えていると、肘が腱鞘炎になる。仕方ないんだ」

 次に鍵谷が発言した。

丹生にゅうさん。この間、とある英語の授業の後に配られた授業アンケートを見て下さい。これ、おかしくないですか?評価が『大変よい』か『よい』しかなくて、『ふつう』以下の選択肢がないんです。授業内容を選ぶ選択肢もネガティブなキーワードが一切含まれてないです」

「鍵谷、その話はいいよ。それより、来年の安田講堂カップの運営の話をしよう」

「失礼しました・・・」

 鍵谷が海野うんのに目配せをした。安田講堂カップは東大スピーチ連盟主催のスピーチコンテストで、今年の実行委員は海野うんのが担当になっていたからだ。海野うんのが今までの状況をまとめたプリントを丹生にゅうに渡した。

「これが、歴代ファイナリストと優勝者リストです。東大主催にも関わらず、過去10回のうち、東大の優勝はたったの1回。それ以外は、東京外語大、慶應、上智と一橋に優勝を取られています」

 静かに聞き入る丹生に対して、海野は思い出したように付け加えた。

「あと、早稲田にも・・・」

 丹生はまだ静かなままである。しかし、海野うんのは一気に踏み込んだ。

「ここは主催校枠を一気に3人にするのはどうでしょう?」

「それだと、ただの恥の上塗りにならないかね?」

「それは・・・」

 海野うんのの提案は蹴散らされた。

「もう少し視点を変えた方がいい」

 丹生にゅうは、スピーチコンテストにオープンエントリー可能な中学生枠を作るようにと指示した。

 鍵谷と海野うんのは、安田講堂カップの中学生向けの募集要項を作成。春休みには首都圏の主要な私立中学に向け、安田講堂カップの案内が送付されていった。

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