第10話 美咲の第一志望、2回目試験での最後の賭け
ついに、2月1日となり、中学受験の天王山を迎えた。中学受験では、常に保護者同伴で受験するが、美咲の両親は仕事の関係で同伴できず、代わりに家庭教師の瑛人が同伴していた。なお、その報酬は普段の時給レートと同じである。試験を待機するだけで時給5000円。『2月の勝者』は間違いなく自分のことだと瑛人は思った。
しかし、本命の桜蔭の試験会場に美咲の姿はなかった。代わりに、渋川学園溜池山王を受験していたのだった。
試験会場の出口で待ち合わせしたとき、美咲が感想を述べた。
「だめだった」
「過去問1年分じゃさすがに無理だろ」
美咲からお年玉をもらい、それをもとに瑛人がクレジットカード決済で渋川学園溜池山王を申し込んだのだった。親にだまって、別の学校を受けさせてしまった。しかも、試験はできなかったとか言っている。
しかし、桜蔭の採点には時間がかかる。すぐにばれるわけではない。まだ、2月2日と2月3日の試験がある。全滅と決まったわけではない。
2月3日は、国公立の一斉受験日である。美咲は都立一貫校では桜修館に出願していた。
試験後、今回は美咲の方が先に瑛人を発見して声をかけた。
「せんせい、できたよ」
「問題冊子みせて」
いきなり厳しい表情の瑛人。気まずそうに問題冊子を渡す美咲。ざっと見た感じ、どのページもまっしろで下書きが見当たらなかった。まともに問題を解いているとは思えない。二人は近くのファミレスに移動した。
「どうしてこんなことするんだ」
瑛人は『こんなこと』の中身を具体的には追求しなかった。そこまで踏み込んで叱責すればさすがに逆上する。そもそも、瑛人は1月の前受校からして途中で解答を放棄したのではないかという疑惑を持っていた。問題冊子に点数計算をした下書きがあり、その結果と実際の点数がほぼ一致していたからだ。美咲は合格基準に達しないように試験中に点数計算を行い、合格に達しないように調整し、途中で自ら解答をやめていたと思われる。しかし、そのことは口には出さない。
「だって、わたし、本当は渋川学園検見川に行きたかったの」
美咲は何の悪びれる様子もなく、はきはきした様子で答えた。いつの間にか美咲の第1志望は渋川学園になっていたのである。
渋川学園検見川は千葉県の最難関校。美咲は1月の渋検1回目は受験していない。2月4日、ひとしきりの中学受験が終わった後、欠員募集的に2回目の試験が行われる。定員枠は「若干名」。そのわずかな枠に大量の中学受験生が殺到する。受験生は全滅状態もいれば、力試しも含まれている。しかし、瑛人の質問は続く。
「じゃあ、なんで桜蔭の過去問やるとか言ったんだ」
「その方が、お母さんが喜ぶから」
「渋検見2回目なんて、倍率十倍は超えてるだろ。開成や灘を受けるよりはるかに難しいだろ」
「わたし、渋検見にどうしても行きたいの」
瑛人は絶句した。『私の本命校は渋検見でした』だなんて、2月3日に言うことか?どうしてこうなったんだ。もうだめだ。完全に終んでいる。
瑛人は母親に電話し、2月4日の渋検見に追加で出願してもらうことにした。『おそらく、桜修館も合格もらえそうです』というと、母親は上機嫌にインターネット出願の手続きを済ませてくれた。母親の方はいい。しかし、本人は合格するのか?しかも、今からどうしよう?
瑛人は博打にでた。生成AIで作成した渋検見予想問題を美咲に手渡して、その日は帰宅した。
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