第8話 桜蔭、桜修館そして桜花。日本人ってほんと桜が好きだな

 瑛人は浅い眠りの中で再び悪夢を見ていた。また、旧日本軍の夢である。

 夢の中で、瑛人は航空機に搭乗する日本兵に憑依していた。飛行機は小型機を携行しながら、日本近海の太平洋上を飛行していた。母機は陸式一攻、子機は桜花で、これからアメリカ軍の艦艇めがけて自爆攻撃を仕掛けようとしているところである。

 日本兵は狭い操縦席で小刻みに震えていた。

 母機の陸式一攻では、副操縦士が指揮官に伝えた。

「東南東方向に敵護衛艦を発見」

「よくやった」

 指揮官が伝声管を開けた。陸式一攻は桜花を搭載しており、桜花には先ほどの日本兵と瑛人が搭乗していた。

「いいかよく聞け、敵巡洋艦はB29の搭乗員を乗せて帰投途中だ。ちょうど船内で祝賀会をやってるらしい。敵は油断している。お前の乗る桜花で敵艦を真っ二つにしろ」

 敵艦内の状況など即座にわかるはずもない。B29搭乗員の祝賀会のくだりは、桜花操縦士の士気を高めるための作り話であった。

 日本兵と瑛人を乗せた桜花は母機から分離。ゆっくりと降下していった。

「こんなに震えていたら、さすがに敵艦には当たらないぞ。照準器に敵艦を合わせないと・・・死ぬのが怖いのか?」

「死ぬのが怖いのではない。桜花での実戦経験はこの一度きりなのだ。そのことを考えると体が震えてくるのだ」

 日本兵はポケットの中から一枚の紙を取り出した。

「この結果を見てくれ。結果はC判定だ」

「C判定だって?模試じゃあるまいし、だとしても、それでも成功率50%じゃないか・・・」

 瑛人は日本兵の肩をたたいた。

「わかった。一緒に操縦しよう」

 この後、桜花はロケットエンジンを点火させると、速度は時速900kmに達した。この速度の桜花を迎撃することは不可能である。瑛人とパイロットは精神力で敵艦を照準に捕捉し続けた。この作業だけが桜花操縦士に課せられた成功条件だったのである。

「せんせい、せんせい」

 そこで、瑛人に呼びかける声がした。

 一体、誰なんだ。敵艦まであと少しなのに。

 

「せんせい、せんせい。桜蔭の過去問を解き終りました」

「・・・ん?おお、そうか」

 瑛人は家庭教師をしている女子生徒の声で目を覚ました。女子生徒は数か月後に中学受験を控えており、中学受験塾パリピックスに通いつつ、家では家庭教師付きで受験勉強をすすめていた。瑛人は生徒の自室におり、某私立中学の過去問を解かせていたのである。

「せんせい、いま、居眠りしてなかった?」

「いや、そんなことないよ。早いね。さあ、解説しよう。あとは桜修館の作文も見直さないとね」

「はーい」

 瑛人は思った。桜蔭に桜修館。よりによって桜のつく学校ばかり。なんで、日本人ってこうも桜が好きなんだろうな。

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