第7話 東大クイズクイーンに憧れて

 別の日の休日、駒場キャンパスでサッカーの練習の帰り、11号館横の広場で染野が一人で佇んでいた。何やら自分のスマホで自分の写真を撮っている。休日にいったい何をやってるんだろう?

「染野さん、いったい、何をやってるの?」

「あ、瑛人くん、今日は環境サークルが終わったところ」

 いやいや、スマホの自撮りと環境サークルは直接関係ないだろうと思ったが、染野はすぐにネタ晴らしをしてくれた。

 写真は都築光つづきひかるの写真集にある構図と同じになっているそうだ。都築光は、TV番組の大学クイズクイーンで連続10回チャンピオンとなった東大生で、国際会計士試験に挑戦するために番組を引退している。染野のスマホには構内で撮影した自撮り写真が何枚も収められていた。

 都築光つづきひかるの写真集と同じ構図の自撮り写真を集める染野。やはり、この女、やはり変わっている。

「なんか違うなあ・・・。元の写真は夕方だからか。一回、家に帰って、夕方に来ようかな」

「休日の夕方に自撮りのため、時間割くの?そこまでしなくてもいいんじゃない?」

 二人は近くのベンチに座り、染野が撮影した写真を一緒にながめていた。

「環境サークルでは何をやってたの?」

「今日は、一二郎池のゴミ掃除をやったのよ。ほら、これ見て。このおもちゃ、ゴミとして捨てられてたけど、まだ動くみたい。わたし、『こびっと』って名前つけようと思う」

「小人だから『こびっと』か?かわいいね」

 染野はハンカチで『こびっと』の泥をふき取り始めていた。

「瑛人君ってどこの高校出身なの?」

「九段インターナショナル」

「え、瑛人君ってインターナショナルスクール出身だったの?」

「うん、まあね。両親が海外に行くこと多かったから、インターナショナルスクールに放り込まれたんだけど、結局、海外には行かなかったね」

「じゃあ、英語得意そうだね」

「そうでもないよ。フランスのインターナショナルスクールだから」

「すごーい。フランス語、今度、教えて。でも、ちょっとだけ知っている。ミラージュ、ラファール・・・あと、エグゾゼもかな?」

「ミラージュは『蜃気楼』。ラファールは『疾風』。両方とも戦闘機の名前だね。エグゾゼは『トビウオ』。対艦ミサイルだね」

「えへへ」

 染野の手元では『こびっと』の顔から泥がふき取られていた。意外と表面にはつやがあり、新品に近い状態であった。

「染野さんって高校はどこなの?ひょっとして桜蔭とかかな?」

「千葉県の市河高校よ」

「市河出身だったんだ。意外だね。千葉だったら、県立千葉とかあるけど、そこらへんはどうだったの?」

「わたしが高校受験の年、ちょうど冬のオリンピックがあって、ついついオリンピックばっかり見ちゃったの。結局、先に合格していた市河でいっかなーって思っちゃって、県立千葉は受けなかったのよね」

「市河からも東大にきてるひといるよね。そこまで変な学校じゃないよね」

「大学受験の時、中学生の知り合いで県千葉に行った人が、何人も東大に受かっちゃって、それを見てたら、なんだか悲しくなっちゃったの。なんで、わたし県千葉受けるのやめちゃったんだろうって。それで、むきになって仮面浪人しちゃった」

「がんばったね」

「わたし、都築光に憧れて東大に来たの。都築光みたいなキラキラした女子になる」

「がんばって、そう思っていれば、きっとなれるよ」

 速水瑛人と染野桂子は話し込んで、いつの間にか夕方になっていた。

「写真集にある時間帯と同じ夕日が出てきたね」

「撮ってくれる?」

「いいよ。はい。チーズ」

「ありがとう」

「今撮った染野の写真欲しいなあ」

「いいわよ。送ってあげる」


 その日の晩、瑛人はリビングにいる父親に話しかけた。

「なあ、親父」

「なんだ」

「ここに映っている女性って見たことあるか?」

 瑛人はスマホに収められていた染野桂子の写真を表示させていた。

「ん?なんだこれは?お前の彼女か?」

「いや、違うんだけど。似たような人に尾行されたとか、家の周辺でみたとかってないかな?」

「・・・ないなあ」

「なら、いいんだけど」

 考えすぎなんだろうか?とりあえず、染野桂子はシロなんだろうか?そもそも、何をもってシロというかクロというかはわからないが。世の中的には飛翔体やドローンを遠隔操作して実戦に参加したことのある俺の方が、よっぽどクロなのかもしれないが。

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