異世界トリップ

能力ナッシング

 時は同じくして、ARCの本拠地の領空を一機の戦闘機が飛んでいた。


「ありがとう」

「いえ、お気になさらず。これも仕事ですので」


 操縦席と後部座席に座っている男女が短い会話を交わす。

 操縦席に座る女は標準的な武装を装着しているが、一方後部座席に座る男……依頼人は何の装備も付けず、逆にゴスロリドレスというあまりにも戦闘には不向きな服を着ているだけであった。


 何故このような事が起きているのか、理由は単純であった。


(――やはり観夢が心配だ。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた彼女とはいえ、今回の彼女の突貫で作った作戦が成功するとは思えない。まあそれでも、観夢はARCから脱出は出来るはずだから、まずは観夢のサポートを出来れば……)


「……高度あげます」

「分かった」


 戦闘機は緩やかに上昇し、大気圏外スレスレを飛行する。

 この戦闘機の遥か下では観夢を追撃するARCの戦闘機部隊がいた。


「そろそろですね。一気に高度下げますよ」

「了解」


 後部座席にいる……依頼人は小瓶に入った薬を飲み干し、その後自身の身体の見た目を大きく変える。

 黒髪のロングヘアーはピンクに代わり、黒い目の色は紫に転じ、腰からは大きなコウモリの羽が生える。


「よし、高度を下げてくれ」

「分かりました」


 その言葉と共に機体は墜落するように高度を下げていき、とてつもない負荷が二人に掛かる。


「ぐっ……」

「っ……!あれだ!飛行機に一番近い……ボロボロの戦闘機っ!」


 依頼人は機体が下降し強烈な負荷を受けている最中、観夢が乗っている戦闘機一機と、それを追撃するARCの戦闘機部隊を見つける。

 その光景を確認した後、機体は下降を止め、ARCの戦闘機部隊の後ろに付く。


「ふぅ……スリーカウントだ……スリーカウントで急加速しよう……その後僕が機体から脱出して、観夢の所へ行く。……何となく察しているんだ」

「……了解です」


 負荷を受けているにも関わらず依頼人は無茶な作戦を提案し、女はその作戦を肯定する。

 まだ敵戦闘機はこちらを向いていない。


「3……」


 女が握る操縦桿に手汗が出る。


「2……」


 依頼人が脱出レバーに手を掛ける。


「1……」


 外では、観夢が脱出レバーを引いて遥か上空に舞い上がっているのが見える。


「今っ!!」


 急加速した機体は瞬く間に戦闘機部隊を抜き、観夢の方向へと急接近する。


「よし……行ってくる、よ!」


 観夢がフックショットを生成した頃、依頼人は脱出レバーを引き、勢いよく空中へと投げ出される。


「ふっ!」


 脱出したとともに依頼人は腰にある羽を大きく広げ、滑空する。

 一方観夢はフックショットを発射するも、放たれたロープは狙った方向とは反対方向に進んでいた。


「まず……あれじゃあ!?」


 依頼人は滑空の角度を変え、いち早く観夢の真下へと辿り着く。そして落下速度を減らそうと羽で必死にホバリングをする。


「そろそろ……っと!」


 依頼人は無事に観夢をキャッチし、ホバリングを続ける。

 しかしながら、ホバリングの高度は少しずつ下がっており、依頼人の全身からは汗が滲み出し、今にも保たなそうであった。


「さて、後はあの子が持ってきてくれた武装が正常に作動するかどうかだが……」


 すると、依頼人が乗っていた戦闘機はこちら側へと折り返し、一つのミサイルを発射する。ミサイルは依頼人達の方へとまっすぐ向かい――


「ブゥゥン……!!!」


 ――二人に着弾し、着弾点を中心に黒い穴を生み出す。

 やがて生み出された穴は少しずつ収縮していき、




――――――――――――――――――――




「ごぶっ!?」


 全身に痛みが生じ、私は目を覚まします。


「ふぅ……ふぅ……」


 痛くないはずの目を抑えたり、その場に蹲ったりしながら、私は痛みが収まるのを待ちます。

 やがて痛みが引いてきたのを感じ、私は一先ずその場を立ち上がって周囲を見渡します。

 どうやらここはどこかの山の山頂のようですね。枯れ木しかないのが気になりますが……一先ずは――


「あれ、依頼人さん?」


 私は直ぐ側に横たわっていた依頼人さんを発見します。撃った後のフックショットも一緒に転がってますね。


「となるとここは漂流した先……いえ、依頼人さんがいるのですから、となるとヘリが墜落した先――」


 私は見てしまったその光景に唖然としました。

 枯れた木々の先に見えるは、見渡す限り煙、機械、そして蒸気が埋め尽くす街。


「夢でも見てるんですかねぇ……だとしたらほっぺをふへいはっつね痛っ!?」


 ちょ、現実だとしたらなんなんですかこの状況!?蒸気?機械?スチームパンクの世界ですかこれ!?

 はっまさか依頼人さんと仲良死して転生したらこの世界!だとしたら義手義足とか能力とか――


「ありますねぇ……」


 両手両足を見ればしっかり、紅白色を基調にした義手義足があり、能力を出そうと念じれば、すぐさまりんごが出てきます。

 これ現実ですかぁ……。


「はむっ……ほひはへふぶひほ取り敢えず武器を「ゴクッ」探さないとですね。いざとなった時に戦闘になると困りますからね〜……」


 私は周辺を探り始めます。

 するとどうやら山頂には朽ち果てた神社らしきものがあるようで、そこにある朽ちたお賽銭箱には、サバイバルナイフと三発入った旧時代なリボルバーが何故かありました。このリボルバーよく見たら製造番号とか社名とかありませんね。

 全く、物騒なお賽銭ですねぇ。


「――他は……無さそうですね。ということはほぼほぼフィジカルに頼るしかない、と。サバイバルナイフ1本で生きていけますかね〜」


 他にも何かないか、特に衣服とかないか探しましたが、見つかったのは先ほどの二つのみでした。

 今私ボロボロの患者衣で必要な所が隠れているかどうか結構際どいんですが……これは流石に能力頼り……ですかねぇ……。


「ぬっ、んっ……!」


 というわけで能力を使っていつものパーカー、ではなく自衛隊とかが着ている土柄迷彩の戦闘服を能力で生み出し、装着します。

 一応、防弾チョッキとマントを出しておきましてと……。


「さて銃はいっ!?」


 銃が心もとないのでいつも使っている対物ライフル、もしくはレイこと対物ライフル風レールガンを生み出そうとしましたが、能力を使おうとすると強烈な痛みが全身に広がります。


「いっぐ……あ?」


 ふと真上を見上げると、そこには不自然な穴が閉じていく様が見えました。

 穴にはこことは全く違う綺麗な青空が見え、端には何やら見覚えのある飛行機が……飛行機がぁ!あぁ穴が閉じたぁ!!


「まさか……さっきまで穴が空いていたから能力が通った……とか?」


 そう思い再びりんごを生み出そうとしますが、また強烈な痛みによって阻まれます。


「能力封じ……でも一応フィジカルは変わってないっぽいですね」


 能力がない観夢とかクリームを抜いたロールケーキみたいなものですが……まあ何とかなりますかねぇ……。

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