Bパート

 ベルトのボタンを押せば、仮面バトラーの身体は怪人の出現しているエリアまで転送される。フォワードはへと移動した。足先に、こつんと筒状のものが触れる。

「卒業証書?」

 フォワードがその筒を拾い上げた次の瞬間、すさまじい爆発音ともに校舎が炎上した。フォワードはその両耳がマスクで覆われているぶんその爆発音は軽減されているのだが、これまでに聞いたことのない大音量に腰を抜かして、筒は放り投げてしまう。誰のものかは確認できなかった。

「みんなー、あつまってー」

 炎と黒煙の立ち上る学び舎を背に、校門に怪人が現れた。花束を彷彿とさせる意匠デザインの怪人。花束は花束でも、花の種類としては恋人に渡すようなものではなく、送別会などで相手に贈る用途のものである。両手にはスコップを握っており、制服姿の生徒たちが悲鳴を上げながら逃げていく。怪人が「あつまってー」と叫ぼうとも、怪人が現れ始めた頃ならいざしらず、今となっては集まってくるような命知らずはいない。

 怪人は花束からツルを伸ばして、逃げていく生徒を束にして絡め取る。主に卒業生を送るべくして集まった吹奏楽部所属の後輩たちである。入退場の際の演奏を担当していた。

『キックオフじゃ!』

 ゴートの一声に、ベルトが反応する。試合開始の合図のごとく、ホイッスルが『ピピーッ』と鳴り響き、ベルトからサッカーボールが放出された。

「これで、どうやって」

 足元に転がるサッカーボール。抱え上げればハンドとなってしまう。

『このボールを相手のゴールにシュートせよ。さすれば、怪人は爆散する』

「ゴール……!?」

 フォワードはボールをキープしながら怪人を観察する。怪人もフォワードに気付いた。そのツルをボール目がけて伸ばしてくるのをかわす。花束の持ち手の部分に長方形が見える気がした。あれが、おそらく『相手のゴール』だろう。

「よし」

 フォワードはボールをリフティングして空中に浮かせる。それから、その長方形の一点を目がけ――

「とりゃっ!」

 オーバーヘッドキックをした。

 サッカーボールにフォワードのシンボリックエナジーが注入される。ものすごい速度で回転しながら加速して、怪人のゴールネットを揺らした。瞬時に許容量を超過したシンボリックエナジーが怪人の体内を巡り、トランスフォームシステムが熱暴走を起こし、怪人は内側から破裂する。

『よろしい。初めてにしては上出来だ。さすがはショーリ』

「何もよろしくないよ! 消火しないと!」

 フォワードは変身を解かず、怪人に捕らえられていた生徒たちに駆け寄る。怪人がフォワードによって撃破されたことにより、ツルによる拘束からは解放されたものの、すり傷や打撲によるケガが見られた。

 校舎は依然としてバチバチと音を立てて燃えたまま。逃げ遅れた生徒の助けを呼ぶ声も聞こえてくる。


 そんな混乱の中で校門に到着したのは、消防車でも救急車でもなく、一台の高級車。後部座席から降りたゴシックドレスの少女に、運転手のスーツ姿の青年が車から降りて日傘を差す。

「フォワードは、がちゃがちゃと騒がしいのね。今後が思いやられるわ。落ち着きのある人がよかったのだけど」

 ゴシックドレスの少女は、フォワードに冷たい視線を向けていた。

「誰?」

 困惑するフォワードの後頭部をゴートが叩く。

『お嬢様じゃよ! ショーリ!』

「この子が、お嬢様」

 仮面越しに目が合う。勝利と同い年ぐらいの女の子。

「せやでショーリ。この御方が、これからお守りする対象。挨拶ぐらいしたらどうや」

 日傘を持つ青年に言われて、立ち上がった。お嬢様と仮面バトラー。……仮面バトラーとしては、お嬢様をお守りしなくてはならないらしい。そもそも、お嬢様については、そういう存在がいるということと、怪人を生み出す『apostrophe』が捜しているということしか一般人には明かされていない。

 そんなことよりも物理的に炎上している校舎だ。

「自己紹介は帰ってからにしましょう。この人、私よりこの建物のほうが大事みたいね」

 想いが伝わったのか、お嬢様はフリル袖をまくり上げて、左腕を露わにした。怪人による被害にあった生徒や、フォワードの身体から光の玉がぽわぽわと抜け出て、お嬢様の左手に集まる。この光の玉もまたシンボリックエナジーである。

「照射」

 その左手を太陽に向ければ、お嬢様の【復元】が発動した。光が校舎全体を包み込み、みるみるうちに鎮火して、怪人に襲われる前の校舎に戻っていく。

 お嬢様は校舎がどうであったのかは知らない。そこで、生徒たちや卒業生の勝利のシンボリックエナジーからデータを採取して【復元】したのである。生徒たちからは爆発炎上した記憶も抜き取っている。

「す、すごい……」

 フォワードも試合時間が終わり、アディショナルタイムはなしで変身が解除された。左胸に『ご卒業おめでとう』の造花がついたままの制服姿の望月勝利に戻る。

「乗りなさい」

「えっ?」

「車に乗れって言うとんの」

「あっ、はい」


 *


 車が向かった先は『COMMA』の本社。地下の駐車場に停まり、運転手の青年が虹彩認証で扉を解錠する。フォワードベルトの開発プロジェクトの本部兼お嬢様の潜伏場所の基地ベースへの初来訪である。

「こんなところがあったなんて」

 壁には設計図とおぼしき図面と、計算式のようなものが貼られている。部屋の真ん中、テーブルにモニターが埋め込まれており、そこには『COMMA』周辺の地図が表示されていた。

 怪人も無能ばかりではないらしく、最近は『COMMA』周辺に出現することが多い。

「一般社員には秘密やからな」

 帰ってくるなり、お嬢様は「ねむい」と奥の部屋に入っていこうとする。

「あっ、ちょっと!」

「何」

「い、いや、なんでもないです」

 お嬢様はさっきまで眠っていたのにまだ寝るのか。

『お嬢様は一度あの光を使うとお疲れになられてしまうのだよ。聞きたいことは山ほどあるだろうが、休ませてあげてくれ』

 ゴートになだめられた。

「……わかった」

 ぱたん、と扉がしまり、内側からカギもかけられる。基地には運転手の青年、ゴート、そして勝利の二人と一体のみ。

「そこ、座り」

「あっ、はい」

「コーヒーしかないけど、ええか?」

「お気遣いなく」

『タクトにここまでかしこまることはないぞい。もっとラフプレーしに行ってもいい』

「テキトーなこと言わんといて、ゴートはん。ウチ、ショーリの先輩やぞ」

 勝利の前にホットコーヒーのマグカップが置かれる。うぃっす、と短く返事をして一口すすった。本当は砂糖とミルクを入れたい。

「ウチは鷲崎。鷲崎タクトや。敬意を込めて、プロフェッサーと呼んでーな」

「鷲崎……創業者の?」

「せやな。ウチのじいちゃん。ま、じいちゃんのことは忘れてもろて。ウチは、ここでシンボリックエナジーを研究しとるんよ」

 シンボリックエナジーとは、この世界の生命体に内在するエネルギーである。お嬢様はシンボリックエナジーを操る能力を持っていて、仮面バトラーはそれぞれのモチーフにお嬢様の力の一部を込めている。

「そのベルトを作ったんも、贈ったんもウチ。当社の社員と入社希望者のデータを見て、フォワードに適合していたのがショーリだったんよ」

「へえ……」

「一回変身したら、そのベルトはイニシャライズされる。仮面バトラーフォワードはショーリしか変身できへん」

「ボクしか、できない」

『そう。ショーリはこれから、基地の所属になって、怪人が街に出没するたびにスタメンとして出場する』

「ボクが戦うのか!?」

「シンボリックエナジーで生み出された怪人はシンボリックエナジーでしか倒せへん。あの学校みたいなことが、いろんなところで起こっとるのはショーリも知っとるやろ?」

 世界各地で怪人が出現するようになったから、日常は変わってしまった。怪人を倒しきれば、元の生活に戻れるかもしれない。

「でも、あの『apostrophe』は、お嬢様を差し出せって」

 勝利の一言に、タクトもゴートもわかりやすくため息をついた。失言だった。

「お嬢様は一人やない。世界各国に『COMMA』みたいなところがあってな、そのうちの一つが『apostrophe』にお嬢様を差し出したんよ。そのお嬢様ご本人の意志でな。2月の5日だったっけかな、ゴート」

『ああ。勇敢で孤独なお嬢様は、自らがトレードに応じて多くの人の命が助かるのならと……結果はどうだ。何も変わっちゃいない。つまり、あやつらは最初からこちらを滅ぼしに来ている』

「そんな……」

 勝利は唇をかみしめて、腰に巻かれたままのベルトを見た。ベルトのサイドにフォワードボールを収納するスペースもある。

「ま、ウチもこれからどんどんベルトを作っていくし、戦闘のサポートはしていくし、人類の希望の光があふれる未来のために気張ってこうや」

 タクトはそう言って、勝利の肩を叩き、自分のぶんのコーヒーを飲み干した。

「兄貴が言っていた、人類の平和を維持するための仕事って、こういうことだったのかな」

『そういや、ショーブはどこで休憩タイムしている?』

「兄貴もここで?」

『ショーブもまた、フォワードの候補だったからな』

「そうなんだ……だから兄貴は」

 マグカップを洗い、逆さまにおいて、タクトはテーブルへと戻ってくる。ついでに、紙切れをつまんで持ってきた。

「修行の旅に出てくる、とさ。ショーブはいい男だけど、弟に先を越されたのがイヤだったんかなー」

 間違いなく兄の字による書き置きだった。勝利の就職祝いの際にはともに働けると喜んでいた兄のとる行動とは思えなかったが、事実としてここにはいない。

「兄貴……」

「せや、ショーリを帰す前にこれだけは言っとかないと。仮面バトラーに変身できるって、たとえ親にも言っちゃあかんで」

「ああ、はい」

「どこで誰が聞いとるかわからんからな。仮面バトラーの住んでいる家だってバレたら、家族が危険な目に遭うやもしれん」

「かあさんは、巻き込みたくないです。うちは、とうさんが怪人に倒されているので、心配をかけたくないです。できる限り」

「せやったな……あとは、お嬢様のことも、しゃべったらあかん」

「どこで誰が聞いているかわからないから、ですね」

「さっきのショーリみたく、わるーい『apostrophe』の連中の言うことを鵜呑みにして、お嬢様を差し出せと言い出しかねん。お嬢様がおらんかったら、怪人への対抗手段がなくなる。あの【復元】も、お嬢様やないとできない」

『他にもわからないことがあれば、なんでもこのお助けゴートに聞きなさい。よき指導者でもある』

「わかりました。……かあさんが待っているので、今日はここで」

「また明日な、ショーリ。明日入ってくるときは、そのフォワードボールを扉にかざすと開くで」

「はい」


 *


 日が暮れてしまった街中を歩く勝利。昨日までの街並みとは違って見えてくる。怪人によって街全体の活気がなくなってしまっていたが、勝利はこの世界を明るく照らす力を手に入れた。


「とうさん、ボクも戦うよ」


 伝説は、ここから始まる。

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【新番組】仮面バトラーフォワード 秋乃晃 @EM_Akino

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