【新番組】仮面バトラーフォワード

秋乃晃

第一話 呼吸困難な光の下で

Aパート

 高校生活の終わり。三年間の青春をともに過ごしてきた仲間たちは、別々の道に進んでいく。

「今度みんなで会うのは、桜の木の下に埋めたタイムカプセルを掘り返す、十年後だね。たのしみだな!」

 片手に卒業証書の入った筒を握りしめている少女は、週明けには専門学校の近所にあるアパートへと引っ越してしまう。しかし、別れを惜しんでいるような様子はない。晴々とした笑顔を少年に向けていた。

「ああ、そうだね」

 対する少年は、この街からは出て行かない。卒業生の九割は進学や就職を機に地元を離れるのだが、この少年――望月もちづき勝利しょうりは残りの一割であり『COMMAコンマ』という地元企業への就職が決まっている。

「ちなみに、勝利は何を入れたの?」

「え、……十年後にわかるんだから、言わなくていいじゃん」

「あはは、そうだね。気になるけど、十年後のたのしみにとっておかないとか」

 十年。この一年間――いや、一カ月で世界は変わってしまった。十年後の世界がどうなっているのかは、誰にもわからない。

「応援しているからね、勝利」

「お前も夢に向かって頑張れよ、七瀬」

「もちろん!」


 *


 バトラー。

 それは、をお守りする使命を持つ者たち。

 素性を明かさないように、仮面をかぶっている。


 20XX年2月3日Xデイ。世界各地に怪人アイコンが現れた。この怪人とは、秘密結社『apostropheアポストロフィ』が造り出した人と同じサイズの生命体である。怪人は前触れもなく出現して、人々を襲い、世界は混乱に満ちた。秘密結社『apostrophe』の代表を名乗る男――怪人と同じ大きさで人語を操るが、正体は不明である――は、各国首脳にビデオメッセージを送りつける。


「お嬢様を差し出せ。差し出せば、この星は見逃してやろうぞ。猶予は一年間。来年の2月3日までに見つけろ。さあ、捜せ!」


 斯くして、世界中で『お嬢様』探しは始まった。

 北から南へのローラー作戦が実行される。


 *


「ただいま、かあさん、そして、とうさん」

 帰宅した勝利は、仏壇に手を合わせた。当時警察官だった父親は、怪人から民間人を守ろうとして亡くなっている。

「おかえり、勝利。卒業おめでとう。今日は、勝利の好きなものを全部作ったわよ」

 テーブルの上には、母親の言葉通り、勝利の好物であるコロッケやメンチカツが並べられていた。怪人たちは農作物にも被害をもたらしている。

「わあ……」

 怪人が現れたXデイ以降で、これだけの食事を用意するのには相当苦労したことだろう。その苦労を微塵も感じさせない母親に、勝利は心の底から感謝した。

「さっそく召し上がれ、と言いたいところだけど、勝利にコンマさんからお荷物が届いていたわ。結構重たかったわね」

「ボクに? なんだろう。来週、オリエンテーションがあるっていうのは聞いているけれど」

「そのときに渡せばいいものを今日の必着で送ってきたということは、きっと大事なものよ。お部屋の机の上に置いておいたから、見てらっしゃい」

「わかった。見てくる」

 勝利は階段を駆け上がった。父親の書斎と、兄の勝風しょうぶの部屋が並び、二階の一番奥の角部屋が勝利の自室である。


 兄はコンマで働いている。

 Xデイの前までは、部活動の終わる時間と兄が退勤する時間は同じぐらいで、たびたび商店街の精肉店で揚げたてのコロッケを買い食いして帰ったものだ。

 Xデイの後からは、学校の部活動は全面中止となり、全生徒の一斉下校が義務づけられてしまう。兄の帰宅は一週間に一度あるかないかになった。兄と最後に帰った日が、遠い昔のように感じられる。


 怪人騒ぎに店主の老齢化の影響が重なり、個人経営の商店の多くは休業してしまった。精肉店も例外ではない。今の商店街はチェーン店のみが営業している。


「兄貴って、コンマで何しているの?」

 まだ平和だった頃、ある日の帰り道。ふと、勝利は勝風に問いかける。当時の勝利はサッカー少年で、大学や専門学校への進学は考えていなかった。

「何って、仕事だよ」

「いや、ボクさあ、進学しないのだったら、兄貴と同じコンマで働きたくて」

「ほう、そうか。バレーボール部に誘っても『兄貴と一緒はいやだ!』と言って断ったのにな」

「そんな昔の話、よく覚えているね……。いや、仕事って、何をしているのかなって、気になって」

 勝風はメンチカツにかじりつく。しばし咀嚼してから、こう答えた。

「人類の平和を維持するための仕事、かな」


 それから、勝利は高校三年生を対象とした会社説明会に参加する。望月勝風の弟、という立場は、自己紹介の段階で有利に働いた。さまざまな関係者が「望月くんの弟さんか!」と気付いてくれる。個別の面接では、ほとんど世間話をして終わった。不安になりながらも、受け取ったのは採用通知である。まだ存命だった父親はとても喜んでくれて、家族全員でお祝いをしたのがもはや懐かしい。高校卒業も、きっと祝ってくれただろう。


「望月勝利」

 母親を疑うわけではないが、宛名に間違いがないかを確認した。一字一句、住所も家のものだ。

「ほんとだ、結構重たい」

 持ち上げて、ひっくり返すだけで一苦労。これを二階まで運んでくれた母親に改めて感謝する。

「……まあ、開けてみるか」

 伝票をびりびりと剥がして、灰色の包み紙を手で破っていく。こういう雑なことをすると、兄から『ペーパーナイフを使いなさい』とよく怒られたものだ。

「うーん?」

 包み紙から出てきたのは、アルミ製のアタッシュケース。と、日本語で書かれた手紙。

「キミは『仮面バトラーフォワード』としてパスを繋いでください。……?」

 文面を読み上げる。剥がした伝票の送り主には『COMMA』としかない。手紙には、差出人の名前がない。読み上げた文字だけが並んでいた。

「仮面バトラーって、なんだろう」

 首を傾げていると、アタッシュケースの中から『ピピーッ』とホイッスルのような音が鳴り響く。たまらず、開いた。

 そこには手のひらサイズの球体――よく見れば、サッカーボールの形をしている――と、留め具の装飾が豪華なベルトと、執事服を着た山羊のぬいぐるみが収まっている。電子音は、サッカーボールから聞こえているようだ。どの部分を押せば止まるのかわからず、ぐるぐると回転させてみる。

『キミが、ショーリ・モチヅキか。さすが兄弟。ショーブに似ておるわい。同じコート上にいたら、見間違えてしまうのう。いや、ショーブのほうがのっぽか』

 山羊のぬいぐるみが起き上がり、勝利に話しかけてきた。可愛らしい見かけによらずダンディな渋めの声をしている。

「わあっ!」

 驚いてサッカーボールを放り投げてしまう勝利。飛び上がって、そのサッカーボールをキャッチする山羊のぬいぐるみ。

『こら! 変身アイテムをスローイングするやつがあるか!』

「あっ、わ。ごめんなさい」

『素直でよろしい』

 山羊のぬいぐるみは、キャッチしたサッカーボールを勝利に返してくる。20XX年においてしゃべるぬいぐるみのオモチャはないわけではないが、こうして自立して動いているものはなかなかお目にかかれない。

「キミは」

『わしをキミと呼ぶのかね』

「……ええと、あなた様は」

『わしはお助けゴート。仮面バトラーを管理する者。いわば、執事バトラー執事世話役じゃな。ゴートさん、と呼ぶがいい』

「あの、その、ゴートさん。仮面バトラーというのがいったい何なのかから教えていただいてもよろしいでしょうか?」

『前向きでよろしい。しかし、ホイッスルが鳴っていたということは、お嬢様に危機が迫っている証拠でもあるぞよ』

 お嬢様。全世界で、血眼になって捜されている人。

「え、お嬢様って、来年までに『apostrophe』に差し出さないといけないっていう、あの?」

『その話はドリブルしながらでいいか』

「待って、ボクはこれから卒業祝いを」

 ゴートはアタッシュケースに収まっていたベルトを、制服姿のままの勝利の腰に巻く。サイズが縮まって、ベルトの長さはジャストフィットになった。

『無事にシュートを決めてからだ。行くぞ、ショーリ! しろ!』

「ええ、ああ、……変身!」

 かけ声に合わせ、正面の留め具の部分にサッカーボールを埋め込む。どう見てもサッカーボールのほうが大きいが、まるでゴールネットのように吸い込まれていった。


 そして、勝利はサムライブルー色の執事バトラー――仮面バトラーフォワードへの初変身を果たす。

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