第2話 殺意殺し(デッドブレイカー)

新条新はマンションの廊下で助走をとっていた―――。九階の。

「さて、行きますか……」

そのまま新条は走り出し、マンションから飛び出した。

そして隣のビルに飛び移り―――。「よっと」右手で排気管のパイプを掴み、流れるようにゆっくりと着地。

新条の右手は痛みを感じないし、傷つかない。たとえビルの屋上から飛び降りても、右手で着地すれば何も問題ない。

――……俺は右手にこう名付けた。『死殺しの右手』。

厨二病臭いのは自分でも分かっている。けど……これ以外の名前が思い浮かばない。

幾つものビルを飛び越え、目的のショッピングモールに到着する。

「えっと……万年筆……母さん、そろそろ追い込みか……」

新条亜弥は漫画家。代表作である『リロード・時戻しの一秒』は二千五百万分を超えるベストセラーとなった。……まあ、あの母親は変なアイデアをポンポンだすので、ネタには困らないだろう……マジで医者と漫画家ってどうやって出会ったんだ?

文房具コーナーで購入した後、新条はすぐ帰ろうとした……だが、とある物が目に入った。

――――指輪?

『そ、アリスちゃんにプレゼントで買ってきてほしいのよ。ま、いいのがあったらだけど』

――――探してみるよ

正直、探す気はあまりなかった。けど……この指輪とアリス(あいつ)が、妙に繋がっちまう。

箱に入ったその指輪――。単なるアクセサリー……だけどそういうのは時に、こうまで心揺さぶるものなのか――。新条が手に取った指輪の見た目はマジで婚約指輪みたいだが――。

(いやいや落ち着け俺!ただの贈り物、それ以上の意味はないだろ!)

「ん、何やってるんだ?シンちゃん」

「マジやん、シンちゃんがこんな店にいるなんて珍し―――」

「「「あ」」」

今最も見られたくない奴らに見られた。高校の友人。陣之内啓介と松平航平。

「シンちゃんそれ……その指輪誰に送るんや⁉」

「チクショウ……シンちゃん、もうそんな所に……!」

「違うって、誤解だ!俺はただ贈り物を……」

「じゃあ誰に送るんや!」

「そうだそうだ!」

「……………………新しい同居人」

「「へ?」」

二人の思考が停止した。今だ。

「ありがとうございましたー」

速攻で会計を済ませ、ショッピングモールからおさらばだ。

マンションに帰って来たのは、午後五時前。ちょっと時間かかりすぎた……。

「ただいまー……」

「お帰りなさい」

――――え?

新条が玄関を開けて、最初に目にしたのは―――。

エプロン姿に猫耳を付けたアリスだった。

「……………………何やってんの?」

「お母さんに着させてもらったのですが……変ですか?」

「変というか何というか……可愛いんだけどその……まるで……」

「まるで?」

―――猫耳メイドみたい。(これは口に出さないでおこう)

「?」キョトンとしたその顔は、まるでアニメのヒロインみたいだ。……本当にアニメみたいだよな。誰かに追われているヒロインを助ける主人公……。憧れたな、小っちゃい時。

けど俺は……『右手』以外は普通の人間。超常の力を持たない平凡の人間。

「……………………さ、飯にしようぜ」

「?……はい」

「あら、おかえり……ありがとう!万年筆そろそろ限界だったのよ~」

「…………母さん、あれ何」

新条はあまり話を聞かずにアリスの姿について疑問をぶつける。指を指しながら問うと、母は笑って。

「可愛い女の子がいたらかわいい服を着せてみたいものよ!」

「…………はあ……」

ため息と共に俺はアリスの方を見ると、親父と夕食の準備をしている。

「………………ところで新、『例の物』は買って来たんでしょうね……?」

『例の物』というのは恐らく『指輪』の事だろう。

「まあ、指のサイズが分からないから気に入ったやつを買ってきたけど……」

新条が買い物袋から『それ』を取り出そうとすると――。

「ちょっと、出しちゃ駄目」

「え?」

「新、あなたが部屋で渡すのよ」

「……………二人きりの状況で渡せってか?」

「そういうこと♪」

OH……MY……GOD……。(この時代は超常科学時代なのでこの言葉は超古い)新にとっての神的なものは『死殺しの右手』と言えるだろう……。

「……………………ちなみになんで?」

「え?面白そうだしぃ…それに、あなたが心の拠り所になってほしいっていうのが、私の望み」

「心の拠り所?」

「あの子、記憶がなくて誰も知らないでしょ?そんな不安をから守ってあげて」

「……………………わかったよ」

―――俺がそんな大層なものになれるとは思わないが……。

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