ママ、回復魔法で癒す

 魔王軍という言葉一つでも奥が深い。

 そう考えるようになったのは、私が魔王として生まれ変わってからだ。

 正式に魔王軍に従軍しているロイスやミシェル、ジュリアナ。

 魔王軍とは違い、独自の判断で行動する三公爵や六代侯爵。

 そして、そのどちらにも属さない者もいる。

 例えば、魔王城の地下に幽閉された吸血鬼。争いごとを好まない山の主。屑鉄の山に住まう人形などだ。

 砦の中央に設置された野戦病院の扉を開く。


「ロッグルさん!こちらの兵士にも回復魔法をお願いします!!」

『任せとけ!!』

「ロッグルさん!こちらの方々にも!」

『すぐに行く!!』

「ロッグルさん!!」


 文字通り、背中から岩が出土している、山のような巨人の手から、優しい翡翠色の光が溢れ出す。

 その光は怪我人の傷を瞬く間に癒し、荒ぶる呼吸を静かな寝息へと変えていった。

 今更だが、この砦には不可侵の結界が展開されているので、問題なく魔法が使える。

 ……少し違和感を感じるけどね。

 巨人は首にかけたタオルで額の汗を拭い、大声を張り上げる。


『くそっ!怪我人が多すぎる……他に回復魔法を使える者はいないのかっ!!』


 さすがは魔族領最高峰の山の主。声量だけで空気がビリビリと震えている。

 でも、ちょっと怖がらせすぎだね。そこは原 減点対象かな。

 回復魔法を使える者は少ない。魔法を使える者は多くても、回復魔法は種族の適性とかもあるし。

 叫ぶ巨人の肩を叩く。


『他に回復魔法を——んおっ!?』

「危ないっ!!」


 私に驚き、足を滑らせた巨人が患者の上に尻餅をつく——前に足を掴み、無理やり引き戻した。ふ〜危ない危ない。

 岩巨人が正座をして、額を地面に擦り付けた。


『へ、ヘル様……ご機嫌麗しゅう』

「謝罪は結構。今の貴方にはやることがあるでしょう?それに、この場では貴方が最高指揮官よ。人手が足りないなら私が手伝うわ」


 ロッグルは私が負のオーラを抑える訓練中に遭遇した山の主だ。

 枯れてしまった大木を、圧倒的な魔力で癒しているところを発見した。


『そこの方、少し時間をもらえるかしら?』

『断る。俺は争いが嫌いなんだ。お前は当代の魔王だろう。前の魔王に伝えたが、俺は一生お前たちの仲間にはならない。敵にもならない』

『そう。なら、また明日来るわ』


 初めてロッグルを見た私は確信した。

 あれは放置していい人材じゃない。あの魔力量は百人、二百人の衛生兵に匹敵する。

 それからの私が毎日植林活動を続けたことで、この男を臨時で魔王軍に雇えたのだ。本当に苦労したよ。


『う、うっす。では、ヘル様は重症の怪我人の治癒を頼みます。自分は魔力を少し回復してきますんで……』

「分かったわ」


 それにしても、冗談抜きにして怪我人の数が多い。切り傷や擦り傷ならともかく、戦線に復帰することが難しい怪我をしている者も多い。

 私とシルミの突撃部隊の怪我人はいなかったけど、それは事前に魔法が使えないと情報を得ていたから。

 全身包帯の兵士に手をかざす。ロッグルと同じ色の光が私の手から放たれる。

 恐る恐る衛生兵が私に話しかけてくる。

 

「ヘル様、そちらの方はもう……」

「えぇ、もう大丈夫ね。包帯はとってもいいけど、まだ安静にしておきなさい」

「……え?」


 流石はロッグルの部下だ。私が魔王だろうと関係ない。今は怪我人を治すのが先と。

 私は袖を捲り、指の先から粒子状に姿を変えた魔力を放出する。

 キラキラと降り注いだ魔力は、怪我人の傷に触れると少しづつ回復させていく。

 この方法は、死霊に支配された街を浄化する際に使った方法だ。一体一体を倒すとキリがないので、じわじわと光魔法で追い詰めたよ。


「ヘル様ぁ、遅れましたぁ」

「ここは私が担当するから、シルミは別の部屋をお願い」

「分かりましたぁ」


 衛生兵に連れられ、実は回復魔法が使える珍しい獣人は歩いて行った。

 さて、と。ひとまずここは放置しても問題はないだろう。

 私は転移魔法を発動。砦の地下——不可侵の結界が刻まれた部屋に転移する。

 壁に取り付けられた魔力灯が明滅し、暗闇に紛れた者の姿が露わになる。

 

「こんなところで何をしているんだい?」

「足りない魔力の補給。回復魔法の発動のために使われた魔力を吸収し、この子の動力に変えている」


 戦場に似つかわしくない小柄な娘。しかし、背後に携えた武器からは狂気を滲ませる。

 綺麗な双眸に殺意が満ちた。


「私はオルク。魔王を殺し、母に近づく者。さよなら」

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