最前線の死線
「アンティラの名に誓って、これより先は決して進ませない。騎士団、前にっ!!」
『我らは祖国の盾!!民を守るために武器を振るう者なりっ!!』
鋼鉄の装甲を持つ機械兵。全身を鎧で固めた歩兵。命を捨てて味方部隊に突撃をする騎兵。
その勇姿は敵ながらあっぱれと言ってもいいだろう。
私——ロイス・ミルハイナは剣を鞘から引き抜き、振り返る。傷だらけの仲間たちが胸甲を叩いた。
「怖いか?」
『怖いですっ!!』
「それでいい!恐怖を知るのはアタシたちだけで十分だ。侵攻されるなら先に侵攻してしまえ!アタシたちの国に足を踏み入れさせるなっ!」
『おうっ、おうっ、おうっっっ!!!』
アンティラと魔王領の国境沿いは、地獄という言葉では到底言い表せない状態になっていた。
焼けこげた道は死体で埋め尽くされ、肉の焼ける臭いが所構わず漂っている。
敵味方問わず妨害される魔法により通信機器は断絶。新しく作り直した『漆黒改』も使い物にならなくなった。
敵の無人機械兵が動かなくなったのは不幸中の幸いだろう。その反面、多くの人間が出陣してしまったのだが。
「せっかくの新武器が無駄になっちったね」
「仕方ありませんよ。それに、俺は途中で剣を投げ捨てて、素手で敵兵の首を折る隊長の方が好きですよ?」
少し猫背で物優しげな表情をした男——副隊長のムーゼットが私の発言に物申した。仲間たちの間でどっと笑いが起きる。
「適当に褒めても何も出ないぞ?」
「本音ですよ」
「調子のいいやつだ。無事に生き延びたら酒を一杯だけ、な?」
「おや、これは下手に死ねなくなりましたね」
ムーゼットが片目を閉じる。今はこいつの対応に心が救われるな。
幾度の死線を超えてきた兵士たちでも、死体に慣れることはない。私も同じだ。
少しだけ見た目が違う、それだけで何故争うのか。絶えず自問自答を繰り返し、私は何人もの敵兵を切り捨ててきた。
『死ねっ!!』
『魔族如きが生意気なっ!!』
『地獄に堕ちろ!!』
思い返すだけでも吐き気がする。何度布で拭いたとしても、この剣が、私が他者の命を奪ったことに変わりはない。
「敵兵の姿を確認!数は……およそ二千!!」
「おや、どうやら私の出番ですね。隊長は貴族の方と話を進めてください。時間は私が稼ぎますので」
「分かった。決して死ぬなよ」
ムーゼットは酒を煽るような動作をして、背を向けて歩いて行った。
悔しさに唇を噛み締め、顔を伏せる。泣きたい気持ちを抑えていると、小さな影が私の前で止まった。
「彼、死にますわよ」
その声に、数秒前の優男の発言が脳裏に蘇った。なぜ、あのようなことを言ったのか疑問だったが、その理由もようやく分かった。
私は伏せながら言い返す。
「ムーゼットは死なせない」
「言葉にするのは簡単ですわ。それと、お考えのようですが、貴方だけでは勝てませんわ。二千など、所詮は兵士が目測で数えた推定の記録。実際の数はおよそ三千ですわ」
ムーゼットが率いる部隊の数は千五百。劣勢にも程がある。
でも、この勝負はムーゼットの勝ちだ。
あいつはこの展開を読んでいた。読んでいたからこそ、私に命を託したのだ。
『貴族の方と話を進めてください』
劣勢など承知の上。ムーゼットは、魔王軍の中で最も兵士に向いていないが、最も兵士にとって大切なものを持っている。
伏せていた顔を上げる。目の前にいたのは、戦場に似合わないフリルのついた服を着たゴースト。下半身は透けて見えない。
私の数少ない友人はニヤリと笑った。
「何ですの?もし相談事があるのでしたら、この私、六代侯爵兼ロイスの親友のルニアナ・カトレーゼルに言ってみなさい」
カトレーゼル家は、文字通り魔王軍の影を担う暗躍貴族。物理攻撃の一切を無効化し、力をつけたものは聖水にすら耐性を持つゴーストの家系。
「ルニ、頼みがある」
「いいですわよ。魔法が使われない現在、当家の者はこの戦場の覇者ですし。貴方の大切な副隊長を守ってあげることも可能ですわ。他に必要な物はあるのかしら?」
「他の侯爵は集まってる?人手が足りない。三千も前に出す余裕があるのなら、伏兵と増援がどれだけいてもおかしくない」
「分かりましたわ。それと、この場での決定権は貴方にありますわ。遠慮なく物申してくださいな」
今日の争いが、数百年にわたって語り継がれることを彼女たちは知らない。
魔王軍とアンティラの兵士たちと正面から激突した、最大規模の争い。
アンティラの第一軍の数はおよそ三千。その後、増援や伏兵の参戦により最終的には倍の六千までに膨れ上がった。
対する魔族たちは、当初は千五百だったが、六代侯爵や三代公爵までもが参戦し、合計で一万近くの軍勢となった。
数多の勇将や猛将が討ち取られ、血に塗れた大地は後輩の一途を辿る。
争いが始まって十日後、アンティラ軍が突如として姿を消したことでこの戦いは幕を閉じた。
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