ママ、過大評価される/工学都市の秘密会議
「ヘル様ぁ、右からきますよぉ」
「了解。それっ!」
敵から奪い取った槍を投擲。先頭を走る馬の胴体を貫き、血飛沫を上げながら乗り手と共に転がっていく。
数は少なめの五十人。ただし、全員が馬に乗った機動力の高い部隊。司令官らしき者は確認できない。
シルミが次の槍を渡してくれる。
「ヘル様はぁ、魔王になる前はやり投げの練習でもしてたんですかぁ?今日はまだ一本も外してませんよぉ?」
「昔から投げることが得意なのよ。それに、投擲は相手に近寄らなくてもいいから、魔法重視の私にとっては必須技術と言ってもいいのよ」
「私も、力だけは負けてないと思ってたんですけどぉ。精度が悪いんですよねぇ」
シルミが黒馬の背中を撫でる。その間に私は後方で弓を構えていた兵士を狙い、投擲。
乗り手を失った馬が暴れ出し、敵方の陣形が乱れた。私は後ろを振り返り、護衛に指示を出す。
「一旦距離を取るわよ。それと、目標の砦まで近いから、今日はそこで宿を取りましょう。私はもうお尻が痛くてたまらないのよ」
本当は腰も痛いけど、魔王として最低限の威厳を保たねば。この忌々しい魔法妨害の結界がなければ、術者諸共豪華で焼き尽くせるのに。
手綱を操作するために再び前を向く。
「……魔王様にも弱点が?」
「いや、これは俺たちを気遣う嘘なんだよ」
「そうね。魔王様がお尻を痛めるなんてありえないもの」
「流石は魔王様だ。自らを下げてまで、部下のことを考えているなんて……」
……なんか後ろから不穏な単語が飛び交っているのだが。
私の異変に気がついたシルミだけがクスクスと笑っている。イラっときたので軽く太ももを摘んでおく。
「痛いっ!痛いですよぉ!」
「相談に乗ってくれない相談役なんていらないのよ!私が苦しんでいるのが分かったら、シルミは少しくらい助けるの!」
「え〜?だってぇ、ヘル様が困っている顔が可愛くてぇ、私はもっと見たいんですよぉ」
「んなっ!?」
この牛女……私が魔王ということを忘れているのでは?発言に一切の遠慮がない。
今度、魔王の権限で何か仕返しをしてやろうかしら。少し前にリニューアルした拷問部屋の体験とか面白そうね。
腕が取れても私の回復魔法なら治せるでしょうし。
「うわぁ、ヘル様の顔が悪くなっていますぅ」
「シルミ?この戦争が終わったら楽しいことをしましょうね」
「……お気持ちも返却します」
部隊全体にどっと笑いが起きた。
——アンティラ——
「奇襲部隊と連絡が取れない!!精鋭中の精鋭が負けたのか!?」
「妨害結界の維持率は九割を超えています!各部隊に渡しておいた魔道具の反応も問題無し!」
「別働隊が次々とやられています!敵の詳細は不明、落伍者は複数名とのこと!!」
概ね作戦通りに事を進めていたアンティラの本営に激震が走った。
自国の強みの魔導銃を魔族に奪われたアンティラの作戦は、あえて自らの得意分野を潰し、敵方の不意を突く、というものだった。
魔導銃や無人魔道具が使えなくなる魔法妨害の結界を発動し、意気揚々と銃を構えて攻めてきた魔王軍を一斉に叩く。
初めに大量のゴーレムを戦場に投入したのは、この作戦を敵方に察知されないためでもある。
『ゴーレムに並の攻撃は効かない。魔導銃は確実に実戦投入される』
とある少女の目論見通り、作戦は気が付かれる事なく進行した。奇襲部隊による魔王城の地下への潜入も成功した。
——はずだった。
「なんだあの魔法は!?」
鉄壁のゴーレムを無力化する大規模な魔法が発動してから、状況は一変した。
想定よりも早く魔法妨害の結界を発動させなければならず、背後を突く部隊の移動が遅れていた。
その結果、奇襲部隊は途中で敵の増援部隊と遭遇し、壊滅。とある男爵の部隊は全滅した。
私はチェスの駒を動かす。ルークがキングの前に立った。
「流れは敵方に来ている。戦場に送り出せるのは伯爵位が限界。公侯爵には本国の防衛と各貴族の統制をとってもらわないといけない」
「ならば貴公が出るしかあるまいな。男爵の部隊を壊滅させた者、なにか心当たりがあるのではないか?」
国王がナイトの駒を動かした。チェックメイトには遠いけど、対処をしなければ確実に王が取られる位置だ。
私が動かした駒は……クイーン。ナイトを打ち取り、圧倒的な存在感を見せつける。
「ある。でも、そのためには準備が必要」
「それは何かね?できる範囲でサポートしよう」
「その言葉を待ってた」
私は空中から巻物を一本取り出すと、国王に手渡す。中身を見た国王が目を見開く。
初代魔王を殺すために開発された、あらゆる魔力を寄せ付けない弾を射出する魔道具。
そこに私の工学技術を詰め合わせたら、過去最高の出来になった。
——足りないのは、発動のための魔力だけ。
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