魔王城地下に眠る怪物

「ぐあぁぁっ!!」


 また一人、悲鳴もろとも潰された。

 奇襲部隊の先導として、内部の道を開けておくのが俺たちの役目だった。

 ひたすらに壁を爆薬で破壊し、階段を探すだけの簡単な仕事だ。

 敵の気配も侵入者に気がつく様子もないので、俺たちは順調に攻略を進めていた。

 ——否、はずだった。


「爆薬を投げろ!剣は傷ひとつ与えられねぇ!」

「これは夢だ……たった三体のゴーレムに俺たちが負けるなんてありえない」

「おい、しっかりしろ!誰か一人だけでも逃して後続にこの情報を伝えるんだ!」

「化け物がぁっ!!」


 突如姿を現したゴーレムによって、俺たちの部隊は壊滅寸前に陥っている。全滅するのも時間の問題だろう。

 母国にもゴーレムは沢山いる。戦闘用のゴーレムとの想定試合も何度も行ってきた。

 だが、今回のゴーレムは桁違いの強さを誇っていた。

 

「や、やめ——」


 腰を抜かした同僚が、石柱のような腕に潰された。内臓と骨が弾け飛び、近くにいた俺の視界が血で赤に染まる。

 ——これは勝てないと本能で悟った。

 ゴーレムの真紅の瞳がこちらを捉える。持ち上がった腕の下から肉塊が出現。

 そっと左手を腰に移動。各部隊に三丁ずつ配布された魔導銃を取り出し、引き金に手をかける。


『———』

「死ね!化け物がぁっ!!」


 ゴーレムが動き出したところを三度発砲。轟音が地下全体に反響する。


「……やった」


 偶然にも弾が当たったらしいゴーレムの紅の瞳は、いまはもう黒に染まっていた。

 仲間たちが一斉に俺の元へと集まり、後退の陣営を形成する。

 

「頼む!!俺たちの代わりにゴーレムを倒してくれ!」

「俺たちの剣は届かない。だが、お前の魔導銃なら倒せるはずだ!」

「時間は俺たちが十二分に稼ぐ!」


 残る二機も動き出し、真紅の瞳から未知の炎魔法が放たれる。

 熱線が仲間の遺体を焼き尽くし、触れた箇所を溶かしてゆく。

 汗が頬を伝い、床に落ちた。先頭に立った勇気ある一般兵が剣をゴーレムに向け、獅子吼する。

 

「全員、走れっ!!」

「「「おうっ!!」」」


 動きの鈍いゴーレムたちの周りを仲間たちが走り回る。石柱の如く太い両腕が周囲に壊滅的な被害をもたらす。

 完全に狙いの的が俺から外れた。再度、未知の炎魔法を発動しようとしているゴーレムには俺から狙いを定める。

 

「はぁっ!!」


 命中。魔法は中断され、暴発。熱波が肌をジリジリと焼き、近くにいた仲間たちも慌てて退散する。

 ——残るは一機。

 奴の弱点に標準を定め、死んでいった仲間たちの想いを込めて引き金を引く。

 

『———………』


 弾は見事に命中。瞳を砕かれたゴーレムは両膝を地面について動かなくなった。

 静寂が辺りを包み込む。動くものはいない。


「——やった。やったぞ!!」

『うぉぉぉっっっ!!!』

 

 誰かの歓声が雄叫びに変わる。俺は力がすっかり抜け、ヘナヘナと地面に座り込んだ。

 仲間たちは抱き合って喜び合い、涙を流してお互いの健闘を称え合っている。

 皆、ここが魔王城だと忘れてしまっているかのように——

 

「……まずい」


 早くここから逃げなければ。

 俺たちは肝心なことを忘れている。いや、忘れている訳ではないが、興奮が一時的にそれを無かったことにしている。

 ここは魔王城。すなわち、敵の本営。防衛用のゴーレムが動いたことを彼らは知っている。

 震える両膝を無理やり抑え込み、壁に手を当てて来た道を引き返す。

 仲間たちの声はもう聞こえない。歓声も悲鳴も全て等しく無に帰した。

 何かが胸に刺さる感覚。恐る恐る下を見ると、大きな鎌がグサリと突き刺さっている。


「はい、しゅ〜りょ〜。お兄さん、頑張ったけどここでお終いね」

「〜〜っ!!」


 勢いよく鎌が引き抜かれ、血が吹き出す。

 朦朧とする意識の中で後ろを振り返る。そこにいたのは、小さな羽が生えた女児。

 キラリと犬歯が光ったのは幻覚だろうか。

 ——ヴァンパイア。月と共に姿を現し、生きる者の血と命を根こそぎ吸い尽くす怪物。

 残る力を振り絞り、魔導銃の引き金を引く。

 

「な……んだ……と……」

「あっぶな〜い。私、乱暴な子は嫌いよ?」


 ゴーレムの瞳を砕くほどの威力を持つ魔導銃の弾は、ヴァンパイアの額に止められた。

 貴重な弾が握りつぶされ、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで斬撃が飛んだ。

 手足が宙を飛び、鎌の持ち手が腹を貫いて壁に俺の体を縫い止めた。

 

「悪い子にはオシオキが必要だよね〜」


 再び犬歯がキラリと光る。今度は幻覚じゃない。だんだんと頭も……な……。



 

 血が滴る鎌を携え、魔王城の番人は新たな獲物を探しに狩に出た。

 愚かな獲物たちは巣まで案内してくれる。

 爆薬で無造作に開けられた穴を潜る彼女は、今日も今日とてご機嫌だ。

 新たな主人は自分のことに気がついてくれた。

 前の主人は私のことに気が付かなかった。だから殺した。自らの手で、残忍に。

 

「ヘル様ばんざ〜い。ヘル様の邪魔をする人間なんか、私がぜ〜んぶ殺しちゃうんだから」


 喉元を触り、刈り取った声帯に変更。軽く咳払いをしてから、魔法で姿を変更。

 仲間と思われる男に敬礼。向こうも敬礼を返してくれる。


『こちら、先鋒部隊。敵兵の様子はなし。今が攻め時かと思います!』

「了解!部隊はすでに編成してある。道案内を頼めるか?」

『お任せを!』


 アンティラ奇襲部隊約百名——全滅。

 

 

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