ママ、遠くから暴れる
「始まりましたねぇ」
「あぁ」
机の上に置かれた映像魔道具から、前線の様子が映し出されている。
敵の大多数は無人ゴーレム。機動力に長けた動物型は少なく、戦場に立つ人間は数えるほどしかいない。
対する魔王軍は、ゴーレムから距離をとりつつ魔導銃で応戦。鉄の装甲を弾丸が、次々と貫いていく。
「流石は魔王様の武器ですねぇ。模倣品でも敵をどんどん倒していきますよぉ」
「装甲が薄くなっている?アンティラは財政難になった話は聞いていないけど……」
工業大国アンティラの無人兵は、世界でも指折り三本の座を争うほどの国家戦力。
決して戦意を失うことなく、壊れるまで前進を続けるという、戦う側からすれば悪夢のような存在だ。
そのはずなんだけど……
「一撃で装甲を貫く武器とか反則でしょ」
「アンティラも涙目ですねぇ。あ、また一体倒れましたよぉ」
「動物型が出れば話は変わる。それに、今倒したのは粗悪品だろうね。無人ゴーレムはあんなに柔らかくない」
私は映像魔道具に手をかざす。映像越しに魔法陣が展開され、無人ゴーレムを氷漬けに。
シルミが全体連絡の魔道具を渡してくれる。
『ロイス、雑魚は私が片付ける。お前は目標地点に到達することだけを考えろ』
『は、はいっ!』
突然の氷魔法に動揺する魔王軍だったが、私の連絡とロイスの指示によって統制が整えられていく。
シルミがクスクスと笑い出す。
「ヘル様、手を出したらいけませんよぉ?」
「これは魔王の権力でセーフ。無駄なところでロイス達の体力や戦力を削がれるわけにはいかないのよ」
「職権の乱用ですぅ。でもぉ、私は他の魔法も見たいですねぇ」
「紅茶のお代わりを持ってきてくれるなら」
持ち上げたカップに温かい紅茶が注がれていく。どこから取り出したのか、お茶菓子もミニテーブルの上に並べられた。
『給仕係』兼『相談役』兼『魔王軍職員』の牛の獣人はニコニコ。
「味方に被害が出ないギリギリを攻めてほしいですねぇ」
「無茶を言わないの」
「無理ですかぁ?」
「……無理じゃない」
アンティラの正面門から大量の無人ゴーレムが出陣してきた。数はおよそ一万。
今度は動物型も多く、狼の姿をした機械人形が先陣をかけていく。
まずは……魔道具に手をかざし、初級氷魔法の『雪構矢』を発動。数百数千の凍てつく矢が、触れた場所から氷漬けにしていく。
「それ、私にも使えますかぁ?」
「練習すればね」
さらに、中級土魔法『岩影随破』による無差別な落石や、中級水魔法『往海盟止』による津波が進軍の足を鈍らせていく。
進軍する相手に泥水は有効だ。ぬかるみに足を取られた奴から氷漬けにしていく。
通信魔道具からロイスの悲鳴が聞こえてくる。
『ま、魔王様!アタシたちの獲物が残らないっすよ!』
「明日から繁忙期だから今日は我慢よ。無人ゴーレムと貴方達じゃ相手が悪い」
『明日もどうせ変わらないっすよ』
「それは無い——ちょっと通信を切るわね。地下に何か入ってきたみたいだから」
ロイスとの通信は一旦終了。魔力の波長を変更し、魔王城地下に設置した映像魔道具を起動する。
誰もいない地下の壁が吹き飛び、人影が次々と飛び込んでくる。
……変だと思ったけど、こんなに早いと思わなかったな。
「敵襲ですかぁ?」
「戦場に立つ人の数が少ないと思ったら、奇襲に数を割いてたみたいね。数はおよそ三十」
「少ないですねぇ。まさしく精鋭中の精鋭、と言ったところでしょうかぁ?」
「さぁね。尋問すれば分かるんじゃない?」
魔王城一階に置かれている本営からも連絡が来た。とりあえず『五人ほど向かわせて』と。
映像魔道具が何らかの手法で改造されている可能性もあるので、最終確認は人の目だ。
次々と壁が突き破られる。一体爆薬をどれだけ持っているのやら。
——ま、そろそろ出てくると思うけど。
「ヘル様ぁ?今、壁が動きませんでしたかぁ?」
「あぁ、シルミには伝えてなかったわね。魔王城地下の警備が手薄なのは、そこに人員を配置する必要がないからなのよ。例えば、攻撃に反応するゴーレムを置いておく、とかね」
白煙と共に移動していた人影が足を止め、同じく白煙に包まれた何かと相対する。
焦茶色の装甲に身を包み、肥大化した両腕は大人の胴体二つ分。暗闇でも対象を捕捉する真紅の瞳が怪しく光る。
魔王軍産の試作機ゴーレム。魔王城地下を防衛する最硬の絶対者が動き出した。
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