ママ、夜空を眺める
「ふぅ……」
「お疲れ様ですぅ、ヘル様ぁ〜」
私の前に果実水の入ったコップが置かれた。
星が近い。この場所は、私の相談役にしか教えていない秘密の場所——魔王城の最上階だ。
感謝の言葉を述べ、コップに口をつける。
「ありがとう。流石に事の展開が早過ぎて疲れたわ。急な宣戦布告もそうだけど、まさか幹部たちがあそこまでやる気になるとは……」
自ら兵を率いて前線で戦うロイスが熱くなるのは分かる。が、まさかジュリアナやミシェル、その他の貴族まで賛同してくるとは。
説得の手間が省けてよかった反面、勢いが強過ぎて私が手綱を握れるか心配になってくる。
シルミが私の隣に座った。
「みんな魔族領が好きなのですよぉ。私も、せっかく作った大浴場が壊されるのは嫌ですぅ」
「それは私も同じね。今のアンティラの戦力がどれくらいか分からないけど、やれるだけやってみるわ」
私の記憶によると、アンティラの戦力は主に二種類に分けられる。
ひとつは、武装した人間。射程は中距離から遠距離。ほとんど前線に出てくることはない。
もうひとつが無人歩兵。鋼鉄の装甲で体を覆ったゴーレムや、動物型の魔道具がこれに当てはまる。
厄介なのは間違いなく後者。生身の兵士と戦わせるのは悪手だ。
星を数えながらため息を吐く。
「はぁ……被害のことを考えると、やっぱり気分が沈むなぁ」
「ふふっ。ヘル様は勝つことを前提に話を進めていますねぇ。流石ですぅ」
「もちろん、負けるつもりはないわよ。それよりも、オルクがどれだけアンティラに影響を与えてしまったのか。それが心配なのよ。あの子の発明は常人の十年や二十年に匹敵するし……」
強すぎる武器は国同士のパワーバランスを崩壊させる。射程が長く威力の高いものは尚更。
私がアンティラの王なら、他国に戦争をふっかけ、それを魔導銃で撃退。
あとは領土併合の条約を結ぶだけ。剣や槍、弓といった既存の武器がまるで通じない戦い方に、各国は頷くことしかできない、かな?
簡単に大陸統一の光景を想像していると、シルミに私の肩を突いてきた。
「オルク、というのは誰ですかぁ?」
「私のむす——」
ギリギリで口を紡ぐ。今のは本当に危なかった。
私の前世が人間であること、これはまだ誰にもいっていない。
一方、前世の私——ヴィナに娘がいること、こっちは知っている人が極一部だけいる。
オルクの母はヴィナでありヘルである。しかし、当のヴィナ本人は数年前に死んでいる。
「(間接的にバレる可能性がっ……!!)」
「ヘル様ぁ?」
何か、何か代替の嘘を考えないと……ん?
何かが夜空にキラリと光った。明らかに動物の類ではない。月の光を反射したのか。
念の為シルミの横に立ち、射線を遮る。
周囲に結界を張り巡らせ、隠蔽魔法の類を妨害。暗闇に紛れていた”それ”が姿を現す。
「あれは何ですかぁ?小さくて丸い球が空を飛んでいますぅ」
「偵察用の魔道具ね。いくつかの妨害魔法が付与されてるから、アンティラの国防軍が持ち主でしょう」
「それ、かなり危ないんじゃないんですかぁ?」
「大丈夫よ。ちょっと改造したら返却するわ」
転移魔法を発動。こちらを向いていた偵察用魔道具を後ろから掴み、即座に古代魔法文字で改造。
妨害魔法を全て消し去り、代わりに書き込んだのは『衝撃感知』と『爆発』。
あとは勝手に帰還するようにして……これでよし。主人を間違えた魔道具は夜空へと飛び立っていく。
「あ、おかえりなさいですぅ。魔道具、かえっていきますよぉ?」
「ただいま。私が帰るように仕向けたのよ。もう良い子は眠る時間。働き過ぎは体に毒よ?」
「……ぷふっ。そうですねぇ。魔道具も働きすぎると壊れちゃいますしねぇ。ヘル様からガツンと言ってあげてくださいよぉ」
私からガツンと、か。それはいいかもしれない。思ったよりも魔王の権力は強いし。
夜が明けたら、最前線の兵士たちに激励の言葉でも届けておこう。
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