ママ、戦争を受ける。

「着替えはロッカーに入れて、鍵は浴場内では肌身離さずお持ちください。はい、女性二人ですね。どうぞ〜」


 すっかり日が暮れ、普段なら魔王城で働く者たちが帰宅する時間。

 帰宅後は夕食をとり、風呂に入り、気がつけば就寝時間。あっという間に1日が終わってしまう。

 しかし、今日の彼らが向かう場所は家ではない。厳密に言えば、もう一つの家かな?

 

「三番テーブル準備できました!」

「四名様ですね。こちらにどうぞ!」

「八番テーブル、俺が行きます!」

「注文入りました!牛ステーキ三つに……」


 魔王城地下一階。改築によって、さまざまな店が増築されたこの場所は、かつてないほどの活気を見せていた。

 いつもの何倍も忙しいはずなのに、バイトガールの表情はいつもより笑顔。

 直前にバイト代を弾む話をしておいてよかった。今の彼女はもう止められない。


「ヘル様、飲み物貰ってきましたぁ〜」

「ありがとう」


 シルミから冷えた麦茶を受け取る。やはり、お風呂の後は冷たい飲み物に限るね。

 隣の牛の獣人が呟く。

 

「ヘル様の魔道具、すごく人気ですねぇ〜」

「私はアイデアを出しただけ。最後まで作ったのは私じゃないよ」


 多くの人が並んでいる箱——自動で冷えた飲み物を注いでくれる魔道具は大盛況だった。

 元々は娘たちに水分補給を促すために作った代物だったが、これはこれで良かったのだろう。

 楽しげな雰囲気を楽しんでいると、シルミがこっそりと耳打ちしてくる。

 

「……ロイス様から伝言です。『大至急、幹部会議を開いてください』だそうです」

「要件は?」

「詳しくは言えない、と。ただ、国家の存亡に著しく関わると」


 ……なんか話が重大そうだな。会議嫌いで有名なロイスが会議を所望するなんて。

 私はコップの中身のお茶を飲み干す。空中から通信魔道具を取り出し、遮音結界を展開。


『全幹部に連絡する。至急、大会議室に集合するように。転移魔法の使用を推奨する。以上』


 各方面で魔法の気配。流石は幹部たち。行動が早い。魔王の勅令ともなれば尚更だ。

 一般社員には気が付かれていない。私も転移魔法を発動し大会議室に移動する。

 魔法陣の青い光が消えると同時にロイスが飛びついてきた。手には一枚の紙。


「ま、魔王様!これをっ!!」

「——っ!!」


 書かれていた内容は簡潔に纏められた絶望。

 送り主は大陸最高の工業国アンティラの国王——アンティラ・フォン・エルアスト。

 ミシェルが不安気に私に問いかけてくる。

 

「魔王様、一体何が……」

「戦争だ」

「へ?」


 差し出した紙を幹部たちが覗き込み、次々と激昂していく。


「魔族を征討する?ふざけんなっ!」

「これが人間界では認められた!?返り討ちにしてやりましょう!!」

「アタシは殴るだけだ!魔王様、指示をくれ!」


 人間間の協定では、宣戦布告には正当な理由が必要だ。

 だが、私たちは魔族。中身は人間だが外見は人ならざる者たち。

 彼らの戦争理由はこうだ。


『魔族は滅ぼされるべき』


 私——ヴィナは魔族と人間が手を取り合って暮らせる世界を望んでいた。

 その願いは叶わなかった。原因は、アンティラのようにふざけた考えをしている連中が多かったからだ。

 それに、戦争となればオルクも参加せざるをえないだろう。家族と戦う前に自国が滅ぶのは避けないとね。

 私が手を叩くと、全員に転移魔法が発動。それぞれが指定の位置に着席する。

 

「それじゃあ、会議を始めるわよ。民を守るためのね」


 

 

 

 

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