ママ、お風呂を完成させる
『ヘル様ぁ、準備できましたよ〜』
『こっちも大丈夫っす!』
『いつでもお願いします!』
各通信魔道具から、大浴場改造に関わった者たちの声が聞こえてくる。
約二週間という短い期間だったが、彼らとは随分と仲良くなった気がする。仕事の合間に頻繁に訪れていたおかげだ。
大量の資材を滞りなく準備してくれた商業部門のミシェルや補給部隊統括のドルクにも感謝しなければ。
私は通信魔道具の魔力回路を操作。全体に連絡ができるようにしてから口を開く。
『こちらはヘル。これより作戦を開始する。何か問題があれば、必ず連絡するように』
通信魔道具を切り、目の前に聳え立つ大型の魔道具と対面する。
魔力さえあれば大量のお湯が生成できる魔道具。皆がせっせと大浴場を改造している中、私が作っていたものだ。
壁面に取り付けたパネルを操作。お湯の量は適当。あまり多すぎても困るし、このくらいでいいかな。
『湯を送っている。問題はないか?』
『大丈夫です』
『問題ありません』
『水漏れ確認できません』
今のところは順調。魔道具の調子もいい。
この調子なら……そろそろかな。
転移魔法を発動。転移先は魔王城地下の大浴場の番頭の前。
すっかり仲良しのバイトガールに手を振りかえしつつ、大浴場の主の元へと足を早める。
広い風呂に声が反響している。
「——はい。問題ありませんよぉ。きちんとお湯は届いて……あ、ヘル様じゃないですかぁ。お湯が届きましたよぉ。他のところの問題もないようですぅ」
「それはよかった。あの魔道具を作り直すなんて考えたくもないよ」
「私ならいつでも手伝いますよぉ?」
「ありがとう。でも、気持ちだけで十分。あれは国家機密の塊だから……」
はい、嘘です。中身は普通の魔道具以下。ものすごく簡素に作られている。
主に使っているのは炎の魔石と水の魔石。表面は鉄。まぁ、それぞれ一工夫はしてるけど。
魔石には、古代魔法文字で効果延長を。鉄は硬質化で耐久値を底上げしている。
ある意味、誰でも簡単に真似できてしまう。
「確かに……誰でも簡単にお湯を沸かせるようになれば、ここを訪れる人も少なくなりますからねぇ」
「いや、そういうわけ……うん!その通りだ」
これ以上返答を考えるのが面倒なので、その設定でいこう。
そういえば、魔王軍にも国家機密とかあるのだろうか。
大抵はどこの国にも存在するから、きっとこの国にもあるのだろう。
私も魔王なので、少しは自分の国のことを知っておくべきだと思う今日この頃。しかし、禁忌や封印に関するものは書斎には存在しない。
どこかに隠し部屋でも作っているのだろう。
「ヘル様ぁ〜?」
「ごめん。少し考え事をしてた」
「いいんですよぉ〜。ヘル様は魔王様なのですから、この国のためなら何を考えても謝る必要がないのですよ〜」
嘘偽りのない満面の笑み。嘘をついたことが後ろめたいが、持ち前の精神力で耐える。
通信魔道具が明滅。異常なしの連絡だ。同時に顔を見合わせ、破顔。
「ヘル様ぁ」
「シルミ」
「「お風呂、入らない?」」
これだけ綺麗に、かつ大きくなった大浴場はきっと人気になるだろう。
今や昔話となった、私とシルミの二人っきりの湯船は今日をもって終了となる。
さて、一体何を話そうか。彼女はきっとどんな相談にも乗ってくれる。
その優しい包容力で。
飛びつきたくなるような真っ白な肌で。
心を安らげる柔らかい声で。
私もママだが、最後くらいは子供に戻ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます