工業国の魔王殺し
「急な来訪を申し訳ない。隠れるつもりはなかったが、まさかユリアーナが来ているとは思わなかったからな」
「いいよ。ユリアは自室へと送った。執事長が来たのはなぜ?」
「あやつは心配性なのだ。決して視えぬと分かっていても、自らの目で確認せねば納得はしない。背中を任せるには適任だがな」
「分かる」
立派な白髭をしごきながら、エルアスト国王はソファに座った。軽く頭を下げ、テーブルを挟んで座る。
エルアスト国王は空間から一枚の高級紙を取り出し、こちらに投げ寄越してきた。
最初の一文に目を通し——無礼を承知で魔導銃を構えた。国王がため息を吐く。
「……血気盛んだな」
「私は家族と約束した。十年の月日が流れるまで戦争はしないと。二人の姉と四人の妹はそれをきちんと守っている。それは私も同じ。匿ってくれるのはありがたい。でも、これは話が違う」
高級紙に書かれていたのは宣戦布告の印。
この紙が他国へ送られることで、アンティラは初めて戦争状態となる。
……でも、それは私たちの約束を破ることになる。私は恩に報いてでも、それは避けねばならない。
しかし、私の反逆の態度に国王は怒ることなく、静かに言い放った。
「悪いことは言わぬ。魔導銃を下げよ。あやつは我慢が得意ではない」
「執事長の転移魔法は届かない。障壁はすでに構築済み。あの人がどれだけ早くても、私が引き金を引く方が早い」
「……貴様は何か勘違いをしている。きちんと最後まで読め」
国王が私の魔導銃に触れる。空中に複数の魔法陣が展開され、私の腕と魔導銃を鎖で縛り上げた。
私が握っていた高級紙が取り上げられ、国王は静かに語り始める。
「私が宣戦布告をする相手は人間ではない。魔族領の魔王だ」
「……何かの冗談?魔王が復活したのは憶測。まだ証拠が集まって……まさか」
エルアスト国王は頷くと、空中から映像魔道具を取り出し、とある女性の姿が浮かび上がる。
対峙しているのは……見ることすら憚られる禍々しい何か。もしかして魔神?
「これが当代の魔王だ。名前はヘル。これは先日、遠隔記録魔道具を魔族領に飛ばした時に撮影された映像だ。相手は六極魔神のレイヴェスト。名前は知っているだろう?」
古の時代から存在する最古の魔神——通称六極魔神。
他の魔神とは一線を越す強さを持ち、圧倒的な攻撃力。山のような防御力。無尽蔵とも言える魔力を持つ。
レイヴェストは腐敗と崩壊を得意とする三本首の龍。吐く息はあらゆる生命を奪い、死と不毛の大地を量産していくという。
「先日、封印されたはずのレイヴェストは魔王ヘルによって封印を解かれた。その数分後には消滅したが、魔王が魔神を使って画策していることは確定だ。故に、我々アンティラが先陣を切り、ヘルを打ち滅ぼす。これでいいか?」
「……分かった。さっきはごめん」
「構わぬ。今お前にこの国を見限られては敗北は確定だからな」
「それもそうだね」
私はソファから立ち上がると、机の下に隠してあったボタンを押す。
部屋が大きく揺れはじめ、私の後ろの壁が勝手に動いていく。
ドタドタという焦りに満ちた足跡が二つ。いつもより二倍強く扉が叩かれる。
『こ、国王陛下!ご無事ですか!?』
『オルク、物凄い音がしたよ!?怪我とかしてない?』
「「……ふふっ」」
私は国王と目を合わせ、クスリと笑う。
動いた壁の奥は私秘蔵のコレクション。没になった計画や、技術力が足りなくて作れなかった作品が山のように陳列している。
とりあえず、適当に書類を引き出しから取り出していく。
「はい」
「何だこれは?」
「新しい魔道具。あげるよ」
そんな大切なものではないし、これも投資の一環だ。国王に媚びは売っておいた方がいい。
国王は資料にさっと目を通すと、一瞬目を丸くし、眉間に皺を寄せた。
「……国家のバランスが崩れるぞ」
「姉さんや妹もすごい。私はもっとすごい」
「これは私から軍部に流しておく。代わりと言っては何だが、何か欲しいものはあるか?国王の権力なら、それなりのことは可能だ」
「う〜ん……それなら、私を後方部隊に待機させて。何かあったら助けに行く」
「それは願ったり叶ったりだが……本当にいいのか?」
私はチラリと記録魔道具に目線を動かす。
この魔王が使っている魔法式……随分とママの式に似ている。
魔法発動が早く、相手に解析されにくいママの魔法式。あのエイジュ姉さんですら、完全な再現はできなかった。
ハッとして頬を触る。自分でも口角が上がっていることが分かった。
「このヘルという女は私の獲物。ママの魔法式を使う不届者は、私自ら天誅を下す」
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