工業国の娘達
大陸北方の工業大国——アンティラ。
北方はエルア海、南方は魔族領及びアキツと面するこの国は、豊富な鉱山資源と海産物に溢れていた。
数年前からだろうか。この国ではひとつの噂が流れ始めた。
『邪神すら殺した最強の人間——ヴィナの娘を国王が匿っている、と』
所詮は噂話。居酒屋で商人が、酒を片手に話すようなくだらないもの。
ほら、もう話題が改良された魔導銃の販売先の話題に切り替わっている。
○
背丈よりも大きな扉をノック。中から出てきたのは私と同じくらいの身長の女の子。
発色の良い緑髪は目元まで伸びており、右側の赤色の瞳だけがチラリと覗いています。
この城唯一の私の友達はため息をつきます。
「はぁ……ユリア。また抜け出してきたの?」
「今日は美味しい紅茶が手に入ったの!オルクも一緒に飲まない?」
私の友人は微かに笑うと、部屋の中に入れてくれました。これでもう安心。お父様もじいやもこの部屋には入れないのです!
部屋の中は見たことのない機械や設計図で溢れかえってました。どこで寝ているのか心配になるくらいに。
「ちょっと待ってて。すぐに片付けるから」
「じゃあ、今のうちにお湯を沸かすね。えーっと台所は……」
オルクの示した方向には、ギリギリ原型を留めている蛇口が。間違っても機械を踏まないように、慎重に一歩ずつ進んでいきます。
これ、一個一個が国家機密なんですよね。
片付けに苦戦している友人に問いかけます。
「そういえば、最近お父様やじいやが忙しそうにしているのだけど、何か知らない?」
「多分、大規模な犯罪集団の支部を潰しにかかった。確か名前は……【四つ首】」
【四つ首】……たしか、奴隷売買や殺人、窃盗薬も命も扱う巨大な犯罪集団と聞いたことがあります。
その支部がこの国に……?
何とか姿を見せたテーブルの上にカップを置き、紅茶を注いでいきます。
友人は香りを楽しむと、一言。
「熱い」
入れたてですからね。鼻腔をくすぐる良い匂いが表情を微かに綻ばせます。
こっそり持ってきたクッキーを片手にオルクは話を続けます。
「【四つ首】の武器の入手先はこの国。魔導銃も流れていたらしい」
「それ、オルクがお母様と作った武器よね?黒い小さな筒だったかしら」
「うん。ママのアイデアがなければ、私はあの武器を完成まで持っていけなかった」
オルクのお母様——それは、誰もが人間最強と謳うヴィナさんという方です。
かつては邪神を殺したという話も残っていました。
先ほどの【四つ首】の話に戻ります。
「ママの武器が犯罪に使われることを私は嫌う。だから、【四つ首】は私が潰す予定だった」
「その言い方……まるで【四つ首】が潰されたみたいね。でも、お父様やじいやが潰したのは支部でしょ?」
オルクは首を横に振りました。すっかり冷めた紅茶を一口。私はクッキーを齧ります。
「【四つ首】の本拠地は魔族領にあった。でも、それはとっくの昔に魔王軍によって壊滅させられていた。私たちが潰した支部は、魔族が手を出せなかった搾りかすにすぎない」
「どうして魔族が人間のいざこざに……?魔王が討ち滅ぼされ、彼らは荒廃の一途を辿るはずじゃないの?」
「その可能性はなくなった。だから、王や執事長も総出で対処に当たっている」
オルクは懐から小さく折り畳まれた紙を取り出すと私に見せてくれました。
その紙には、衝撃的な内容が端的に書かれ、最後にはお父様とじいやのサインがあります。
『魔王復活の兆候あり。各部隊は急ぎ編纂を進めよ』
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