ママ、大浴場で相談する
「……これで良かったかのか?いや、考えても仕方がないか。現地民の方が知っていることも多いだろし、任せることも大切だ」
ガラス越しに映る自分を納得させ、降り注ぐお湯で泡を流しきる。
防水仕様の映像魔道具の電源を落とし、空間魔法で収納。
ちゃぷりと音を立て、お湯に浸かる。
「ふぅ……」
口から思わず息が出てしまう。やはり風呂というものは偉大だ。この浴場を作った魔王には感謝しておこう。
魔王城地下一階の大浴場。魔王城に勤める者なら誰でも無料で利用可能な施設……のはず。
「……なぜ私とお前しかいないのだ」
「ヘル様は魔王様ですからぁ。みんな怖がって逃げちゃうんですよぉ」
「今更だが、お前は逃げないのだな」
「そうですねぇ。ヘル様は可愛いのでぇ」
同じ湯に浸かってはや一年。私の相談役兼職員の牛の獣人——シルミ・アステラムがニコニコとはにかんだ。
この裏表のない幸せそうな表情。おまけに大きな——私も普通にある方だと思っていたが、世界は広いな。
まさに包容力の化身。裏でこの子がお母さんと呼ばれてる気持ちがよく分かるわ。
「さっきの映像資料はなんですかぁ?」
「先ほどミシェルの使いから渡された。新しい魔王軍の武器、その試作案だ。少し出掛けている間に話が弾んだらしい」
「ほへぇ」
私が邪神を倒している間に、いったい何が起きたというのか。
資料の最後には書き殴った字で『魔王様の願いは必ず叶えるっ!』。ミシェルが急いで書いたものだろう。意味は不明だが。
私の願いは娘たちが争わないことだけど。
「ヘル様、また悩み事ですかぁ?」
「悩みはいつになっても尽きないものよ。魔王軍の力はまだ足りない。民の幸福度も低い。犯罪はかなり減ったけど、無いわけじゃない」
「前よりも改善されたと思いますよぉ?魔王軍の武器……魔導銃でしたっけ?あれもかなりの威力だとか」
私は空中から二丁の魔導銃を取り出す。片方は私が敵から奪ったやつ。もう一丁はこの国で量産されたものだ。
見た目も性能も大差ない。いや、性能なら我が国の量産品の方が威力は出る。
ロイスの魔導銃——『漆黒』は、弾が曲がる謎の仕様もついていた。解せぬ。
「威力は出るが、使いこなすには練度が必要だ。誰でも魔獣を殺せるのは事実だが、素人は反動で命を落とすこともある」
「誰でも使える武器が欲しいのですかぁ?」
シルミの問いかけに私は少し考えると、首を横に振った。
魔導銃を再び空間に収納。両手を頭の後ろで組み、天井に立ち込める湯気を眺めてポツリ。
「……私は、戦いたくない者を戦場に立たせたくはない。だからこそ、誰でも使える武器は存在しなくていい。無駄死にするだけだ」
……養子として引き取った娘たちの顔が次々と脳裏に浮かぶ。
私の教育方針は、やりたい事をとことんやらせる、だった。
戦場へ立つことを望んだ子には戦い方を。
国を後ろから支えることを望んだら、支えられるだけの知識と力を。
人々を救うことを望めば、本人が望む救い方を授けた。
シルミがクスクスと笑い出す。
「ふふっ。ヘル様は優しいのですねぇ」
「私は魔王だぞ?」
「優しい魔王もいいじゃないですかぁ」
「それもそうだな。私が優しいと広まれば、この大浴場にも人が溢れるだろう」
この大浴場、私とシルミ以外で使っている者を見たことがない。
番頭のバイトさんもかなり暇そうにしていた。本人からも、
『掃除するところが……ありません』
と嘆かれた。最初の頃は仕事が少なくてウキウキしてたらしいけど、次第に背徳感に押しつぶされたという。
彼女のためにも、何か人を集める手段を考えねば。
「……シルミ、入り口の待合スペースは分かるわね?」
「畳とテーブルしかない場所ですねぇ。あそこに何か置くのですかぁ?」
「貴方が好きなものを置いていいわよ。多少の拡張もできるし、人員も増やせるわ。これまで相談に付き合ってくれたお礼ね」
「わぁわぁ。ありがとうございますぅ。それなら……新しいお食事処が欲しいですぅ」
なるほど。とりあえず空中に魔力でメモ。
社員食堂は臨時でなければ早朝と夜の営業をしていない。
しかし、大浴場の利用者の多くは夜か夜勤明けの早朝。あとは帰るだけ、という者のはず。
ついでに飯を食べていけば、家に帰って眠るだけが実現する!
——料理長を私の専属から外そう。あいつには頑張ってもらいたい。
「——そうだ、試作品だがあれも置こう。いい実験データが取れそうだわ」
「楽しくなってきましたねぇ」
私たちは大浴場から出ると、番頭のバイト女子も混ざって、大浴場改造計画を立て始めた。
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