魔王不在の作戦会議

「……どうしよっか」


 魔王ヘル様が退出なされた部屋で、私——ミシェル・ミルハイナは残された同志達に意見を求める。

 

「どうしたもないだろ。職務を任された以上、完璧にやり遂げなくては首が飛ぶ」

「アタシは死にたくない」

「そんなことは分かってるのよ……」


 工業担当のイリアス・ドクトリアが柄にもなくボヤき、ロイスに至っては本音がダダ漏れ。

 魔王様から渡された包丁(?)を指でつつきながら、大皿に乗ったクッキーを頬張る。

 

「魔王様は私的な相談とおっしゃいました。そこに嘘はないと思います」

「同感だ。だが、裏を返せば魔王様が手詰まりということでもある。我々に出来て魔王様に出来ないことが存在するのか?」


 古代魔法文字を応用した武器。作成に成功すれば、人間界にも大きな影響を与えられる。

 魔王様はいったい、何を目指しておられるのでしょうか。謎は深まるばかりね。

 紅茶を一口。鼻を抜ける爽やかな香り。張り詰めていた心が少しだけ安らぐ。

 

「ミシェル、笑ってる」

「えっ……?ほ、本当です。全く気がつきませんでした」

「はっはっは。心のまま、ありのまま笑うことなんて、大人になってからは出来ないものだ。誰にでも出来ることではない」


 ……誰にでも、出来ることではない。


『私は自室で調整に失敗した』


 魔王様の魔力は強大。故に魔法文字の容量を超えてしまう。だから刃が保てない。

 ロイスは魔力操作ができた。それは彼女自身の魔力操作能力の高さもある。けど、根本的なところが魔王様とは違う。


「……魔力を貯められる鉄」

「どしたの?クッキー食べる?」


 ロイスから差し出されたクッキーを頬張り、紅茶で一気に流し込む。

 二人の呆気に取られた視線なんて気にしない。


「イリアス、魔力を溜め込む金属とかありませんか?」

「魔鉄鋼だな。魔力を金属に吸わせることで、本質を変化させる。それがどうし——ひっ!!」


 机に両手をつき、イリアスに迫る。

 なぜか大男の顔がどんどん白くなっていき、ガタガタと震え出す。解せぬ。

 とりあえず、笑顔で質問。


「それは、場所と金さえあれば作れますか?」

「は、はい。つ、つ、作れますっ!!」


 よし。ならば至急準備させよう。ドルクさんに連絡して空き部屋を貸してもらい、試験を通じて魔鉄鋼を安定供給する環境を作る。

 純度の高い魔鉄鋼の刃物なら、魔王様の魔力にも耐えられる。

 行けるわ。行けるわよ、ミシェルっ!!


「ミシェル。そんなに興奮して、何を思いついたのさ?」

「私は気がついたのです。魔王様は初めから答えを示されていたと」

「「答え?」」


 包丁(?)をくるりと回し、魔力を流す。

 ……少しコツが入りますが、よし!

 私の魔力に覆われ、包丁の射程が大きく伸びました。


「この包丁。これは私たちにとっては完成品です。現にロイスや私も扱えますし、他にも多くの者が使えるのでしょう」

「だが、魔王様はそれを基準にと……」

「そうです。魔王様が求めていたのは”万人が扱える武器”。しかし、私たちを基準にしたこの武器を扱えない方がいます」

「……あっ!!」


 察した二人に大きく頷きます。


「魔王様はこの武器を使えない。あの御方の魔力は強すぎる。故に、古代魔法文字を加えただけの鉄には荷が重すぎます。なので——」

「本体に魔力が蓄えられる魔鉄鋼か……。その発想は無かったな」


 魔王様は全ての魔族を救おうとなされている。これまでの実力主義の魔王様とは違う。

 魔力の高い者も、魔力の低い者も扱える武器。貴方様はそこまでお見通しに!!

 通信魔道具を取り出し、私は二人に指示を出します。


「私はドルクさんに連絡をして、魔鉄鋼の試験場の準備を進めます」

「兵站部門からも何人か派遣しとくよ。工事が必要なら騎士団も派遣するね」

「俺は魔鉄鋼を扱える者の育成だな。最近は街の連中とも情報交換とかで上手くやってる。結構話し合うやつも多いんだよ」


 よし。これで魔王様が帰ってきても問題はない。書類は自室で作っておこう。

 大皿に残った最後のクッキーを齧ると、ロイスの口から悲鳴が出た。

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