ママ、邪神を掘り起こす

 改造包丁を三人に預けると、私は静かに席を立った。


「ヘル様?」

「私は少し用事ができたわ。その包丁は自由に使って構わないから。それと、資金面に関しても考えなくていいわよ。全力で取り組み、失敗なさい」

『は、はいっ!!』

「検討を祈っているわ」


 相談会というのは建前。あの三名を一箇所に集めるための口実にすぎない。

 ミシェルは商業という、その他の部門とも密接に関わる事柄をまとめるため、常に忙しい。

 イリアスは工業部門を担当しているが、本職は魔王城の工房を管理する国お抱えの職人。

 ロイスは……まぁ、うん。

 

「あの子達、最近忙しすぎなのよね。今日ぐらいは、お菓子食べながらのんびり話し合いをしてほしいわ」


 転移魔法をちょこちょこ使い、壁を抜け、床を飛び出し、階段をすり抜けるように降りていく。夜に見たら失神ものだが、今は昼。

 裏庭に出て、綺麗なバラを眺めながら散歩中に見つけた隠し通路を駆け抜ける。

 荊の道を抜けると、辿り着いたのは何もない広場。中心部が少し掘り起こされている。

 

「……ふぅ。これ、他の道はないのかしら」


 独り言を呟きながら、服についた枯葉を払う。

 なんの魔法か分からないが、この場所を転移魔法で訪れることはできなかった。何度も繰り返したが結果は同じ。

 気にならない……はずがないので、魔王の仕事を片付けながら、私は日々この地を調べていたのだ!

 その結果、分かったことがひとつ。


「まさか、邪神が封印された土地とはね」

 

 掘り起こされた地面から、ちょっとだけ石の頭が飛び出している。

 これは封印の巨石。力が強すぎる者を、巨石が破壊されない限り封印する道具だ。

 本体の耐久力が極めて低い反面、拘束する力はどんな封印道具よりも強い。

 隠し通路の先に何もない土地、封印するのにはもってこいってか。

 これを見つけたのは、空いた土地に野菜畑でも作ろうとした時だったか。


『邪神を召喚しようとする組織が——』


 ミシェルもそんなことを言っていた。

 邪神は召喚されると帰還させるのが面倒だ。

 倒すか、帰ってもらうかの二択。遅かれ早かれ選択は取らざるを得ない。

 なので……


「ちょっくら倒してみますか」


 今の私がどれだけ強いか分からない。

 魔王とはいえ、全盛期の私と比べれば流石に劣るだろう。

 さっきの古代魔法文字……前世なら息をするように制御できた。前世なら、ね。

 というわけで、力試しも兼ねてサクッと倒してみますか!

 空中からシャベルを取り出し、石頭目掛けて振り下ろす。巨石の頭が粉々に砕け散る。


『……むぅ。久しぶりの光か……』


 地面が大きく揺れ、掘り起こした場所を中心として地割れが起きる。

 さてと、今のうちに魔法障壁をっと。

 数百数千の防御魔法を構築していると、大地を砕き、三本首の龍が現れる。

 紫と黒の鱗に覆われ、口からはどう考えても危険な液体が溢れ、草を溶かしている。

 ギロリと血走った目が私を捉えた。

 

『貴様が我を目覚めさせる者か』

「そうね。気分はどうかしら?」

『良いっ!!実に最高の気分だっ!!』


 三本首の龍の体から紫色の煙が吹き出し、周囲を不毛の大地へと変えていく。

 毒の霧……いや、腐敗か。てことは、グールと同じで殴ると周りが汚れる。

 掃除は面倒だしなぁ……出来るだけ環境にやさしい方向で倒そう。


『貴様よ。我を目覚めさせた褒美に、何か一つ願いを聞いてやろう。なに、心配はするな。我が名はレイヴェスト。六極魔神の一柱だ』

「六極……?」


 なんだそれ。というか、魔神にも階級とかあるのね。

 口調から察するに、かなり自信があるようだけど……これ、復活させて良かったのかしら。

 魔王城の近くに埋めてあったのは、いつでも監視が出来るから、だったり?

 とりあえず、願いを聞いてくれるのなら、ここは素直に乗っておこう。


「なら、その頭に乗せてください。高いところから景色が見たいので」

『クックック……構わぬ。その程度は願いに含まなくても良い。ほれ、落ちるなよ?』


 レイ……なんとかが頭を下げてきた。ごつごつとした紫色の鱗を掴み、頭の上に座る。

 

『クックック……我の速度に耐えろよ?決して振り落とされぬよう、しっかりと——』


 ——ドサリ。

 大きな首ひとつ、不毛の大地に転がった。


 


 



 






 

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