ママ、押し付ける

「それでは、極秘会議を開始する」

「……はっ!!」


 円卓を囲った幹部達の間に、独特の緊張が走った。

 この場に集まったのはわずか四名。

 まずは私、魔王ヘル。

 いれば何かと役に立つ商業部門担当、ミシェル・ミルハイナ。

 火力枠兼実験台の兵站部門担当、ロイス・ミルハイナ。

 最後に、この射程が伸びる剣を提案した工業部門担当。立派なヒゲが特徴の男——イリアス・ドクトリアだ。

 ……なんか、全員体が強張ってない?紅茶だけでなく、お菓子も用意したほうがいいのだろうか。

 私は空中からお菓子が乗った大皿を取りつつ、軽く本音も伝えておく。


「あまり緊張するな。これは私的な会談、いわば相談会だ。そんなに畏まらなくていい」

「い、いえ!そういう訳には……」

「魔王様!このお菓子美味しいなっ!」


 緊張するミシェルの言葉を遮り、食べ盛り娘は白いクッキーを齧る。

 さらに横から太い手が焦茶色のクッキーを手に取る。


「はっはっは!!今も昔も変わらず、ロイス殿は豪胆だ。ミシェル殿も、今日は魔王様のご意向に従おうではないか」

「で、ですが……」


 ミシェルがチラチラと視線をこちらに。少しばかり畏怖の感情も乗っているが、気にすることもないだろう。

 私は紅茶を一口。行きつけの喫茶店のマスターがくれた試作品の牛乳クッキーを齧る。

 

「……甘いな。濃いめの紅茶によく合う」

「だろ!?これ、どこで売ってるんすか?」

「秘密よ。私の分が無くなってしまうわ」

「ぶー。魔王様のケチ〜。権力反対!」


 ロイスが頬を膨らませるが、気にすることなく紅茶をおかわり……む。お湯が足りないか。

 とりあえず水魔法と炎魔法を併用してお湯を作って……なんだその視線。


「言いたいことがあるなら口で言え」

「い、いえ……その……本日、呼び集められた理由をまだお聞きしていなくて……」


 ……すっかり忘れていた。このままでは単なるお茶会になってしまう。

 空中から昨日買った包丁を取り出し、円卓の中央に置く。自分でも少し研いだから、刃こぼれの心配はないだろう。

 イリアスが包丁を手に取り、さまざまな角度から眺める。


「これは良い包丁ですね。裏を返せば、なんの変哲もない包丁ですが」

「そう焦るな。ここに私の魔力を流すと……」


 昨日と同じように魔力を流すと、鋼の部分に文字が浮かび上がる。

 ミシェルがハッとした表情になり、イリアスが目を丸くして椅子から立ち上がる。


「これ……古代魔法文字ですか!?」

「武器に効果をを付与する禁断の文字……人間界には使い手も何人かいるようだが、詳しいことは知らんな」

「なんだそれ?」


 思った通りの三者三様の反応。というか、禁断の文字なんて物騒な。

 ちょっと炎が発生したり、射程が伸びたり、身体能力が向上するだけだって。

 私は文字を指でつーっとなぞる。淡い青色に文字が光った。


「昨日、自室で射程延長の付与を行った。しかし、私の強すぎる魔力では刃の調整が面倒。ロイス、代わりにお前がやってくれ」

「は〜い」


 暴食しまくっていた娘の名を呼び、下手すれば全員を殺せる包丁を渡す。

 ロイスは両手で包丁の柄を持つと、両手を閉じ、深く息を吸った。

 部屋全体の空気が渦を撒き、ロイスの体へと吸い込まれていく。

 なかなかに魔力操作が上手いな。あっという間に部屋全体を自分の支配下に……少し緊張しているか。


「少し肩の力を抜け」

「……うっす」

「もっと抜け」

「……こうですか——おわっ!」


 刃が突然青い魔力に覆われ、急激に伸びた。

 私の時と違って、練習すれば好きな時に伸び縮みさせることが可能だろう。

 これで実験は終了。ロイスの魔力に干渉し、伸びた魔力の剣を内部から砕く。


「原型はこれだ。あとは”誰でも好きな時に伸び縮みさせることができる”ようにすればいい。できるな?」

『……』


 なんだか難しい顔をしているが、とりあえずこの剣はこいつらに押し付けよう。

 古代魔法文字……私はこれで少し遊んでくるとするか。

 

 


 

 



 

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