ママ、剣を作る
「ふんっ!!」
鉄を打つ。
「ふんっ!!」
鉄を打つ。
「ふんっ!!」
鉄を打ちながら、少し視線を右にずらす。
……夢ではなさそうだな。
額の汗を拭い、珍しい客人に声をかける。
「……嬢ちゃん。あんたには、こんな男臭い鍛冶場は似合わねぇよ。向かいのアクセサリーショップの方がマシだと思うが」
「あら?男のくせになかなか気が利かないのね。それとも、『私がここに居たいの』と言わないと分からないのかしら?」
思ったよりも強気な発言に、俺は聞こえないように舌打ちをする。
白いワンピースに麦わら帽子の姿は普通の町娘だが……生地の質が良すぎるな。
こんな物を庶民が買えるはずがない。おおよそ、どこかの貴族の娘だろう。
俺は首を横に振って諦めると、ぶっきらぼうに言い放つ。
「そうか。なら、好きなだけ見ていくといい。面白いことなんてひとつも起きやしないがな」
「そうさせてもらうわ。それと、面白いことは自分の足で探少しものよ?」
——
工房長に許可をもらい、私——魔王ヘルは男達が汗水流して鉄を打つ鍛冶場を散策する。
魔王軍の武器を作る工房とは違い、ここは町衆向けの金属加工場といった印象だ。
ハサミや包丁、鍋といった小物が多い。
なぜ私がこんな場所を散策しているか——それは数日前の出来事に遡る。
あれは工業部門の報告会議のこと。
『で、次は何をするの?』
いつものように次の目標を聞いた私に、彼らは間髪入れず返答する。
『我々は商業部門と手を組み、新たな武器の開発を目指しています』
最初に聞いた時は正気かと思ったわ。
少し前に、私の部屋にあったオルクの魔導銃を勝手に作ってたこと、もう忘れたのかしら。
しかも勝手に改良してるし。弾が曲がる魔導銃なんて初めて見たわよ。
『こちらが完成予想図です』
渡された資料に描かれていたのは、見た目は普通の剣。相違点は刀身が青いこと。
魔力を流すことで射程を伸ばす……いいんじゃない?さらなる硬質化も見込めるし。
これなら魔導銃の弾丸も切れそう。剣を使うことに慣れている者達への救済にもなるわ。
私は指で円を作り、激励の言葉で締めくくる。
『完成が待ち遠しいわね』
……なーんて事があったので、実際に鍛冶場が見たくなったのだ。
それにしても暑いわね。こっそり風魔法と氷魔法で温度を調節しているとはいえ、男達の熱気には勝てないか。
近くで鉄を打っている、まだ若い魔族に話しかける。
「それは何を作ってるの?」
「これは包丁ですね。うちの看板商品です」
熱せられて真っ赤になった鉄が打たれ、少しずつ形を変えていく。
これが最後には包丁に……いじるなら今のうちね。
「それ、貸してくれる?」
「ふぇ!?て、鉄が熱いのでダメですよ!!」
「大丈夫よ。私はこれでも——」
魔王だから、と言いそうになって、ギリギリで立ち止まる。
不思議そうに見つめる青年。誤魔化すつもりで笑ったら目を逸らされた。これは完全に怪しまれている。
とりあえず真っ赤な鉄を手に取り、バレないように魔力で文字を刻んでいく。
「ありがと」
「ど、どういたしまして〜っ!!」
若い魔族が見ていない間に、元の場所に鉄を戻しておく。
隠蔽結界によって、他の者にも見られている心配はない。
あとはこれを買い付けるだけ……よし。
少し遠くで鉄を打っている工房長に足を運ぶ。私が近づくだけでギロリと瞳が動き、工房全体の雰囲気がグッと引き締まる。
「……ん?どうした。興味が無くなったか?」
「いいえ。あの子が作っている包丁を予約できるかしら?」
「……他のでは」
「あの子のが欲しいの。あとは分かるでしょ?」
工房長は頭をガシガシとかき、大きなため息を吐く。さっきの若い魔族の元へと歩いていった。
二人で何か話している。あ、頭を撫でられた。悪い話ではないようで安心。
若い魔族の表情がパッと明るくなり、工房長が親指を立てた。
どうやら、商談は無事に成功したようだ。
「よし、消えてない!」
自室へと転移し、まずは包丁を確認。
私の魔力を流すと、先ほど刻んだ見えない文字が浮き出てくる。
流石は現代武器に通ずる古代魔法文字。
この文字を覚えた理由の八割が、武器に効果を付与するため、とかいう話もあった。
「さっきの子には悪いけど……えいっ!」
私の付与した効果は魔力伝導性超強化。
その名の通り、魔力が異常なほどに伝わりやすくなる。
剣身を私の魔力が覆い隠し、青色に染色。これを少しずつ伸ばせば……ん?
「……これ、設計図と違くね」
いい感じに伸びた剣身が砕け、ガラス片のように地面に落ちていった。
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