焼けたものたち

 アタシ——ロイス・ミルハイナは、目の前に広がる大穴に絶句した。

 魔王軍先鋒部隊を引き連れ、魔王城より南西へと馬で移動。

 話によれば、この場所に魔神降臨の儀式場があるという。

 制圧したアジトを全て見つけるのに苦労したように、この草原の中では見つからない——という勝手な想像は見事に外れた。

 アタシが馬を降りると、後続もそれに倣う。


「……まるで何かが飛び出したような穴だな」


 若い兵士がポツリと呟く。

 言われてみると、何か巨大なものが外に放出されたような……ん?

 底も見えない暗闇の中で何かが赤く光った。

 背筋が泡立つ。全体に大声で指示。


「敵襲だ!各員、防御姿勢を!!」

『おうっ!!』


 暗闇から”それ”は飛び出した。

 アタシは『漆黒』を構え、”それ”に発砲。月明かりに照らされ、姿が露わになった。


「……真紅の蜘蛛」


 そこにいたのは半人半蛇のアラクネ。

 しかし、本来なら八本あるはずの足は五本しかなく、体の至る所が焦げている。

 まるで誰かと戦闘をしていたような……?

 赤黒いアラクネは呪詛のように言葉を紡ぐ。


「ますたぁ……もうしわけ、あ、りません……わたしは、わたしは役目をまっとうできず……」


 よく見ると、アラクネの両目は焼かれている。光ったのは胸の宝玉か。

 アタシ達の存在に気がついていないのか、ふらふらと辺りを歩き始める。

 壮年の兵士が耳元で囁く。


「……いかがなさいますか?」

「放っておいても死ぬだろう。だが、アラクネは危険だ。何かの拍子に暴れられると困る」

「了解しました。お一人で十分ですか?」

「誰に聞いている?アタシはロイス・ミルハイナだ。魔王ヘル様に仕える幹部で——」

「まおう……?」


 アラクネの焼かれた瞳がこちらに向いた。兵士は一歩後退りし、大盾を構える。

 アラクネがふらふらと近寄ってくる。


「まおう……まおう……わたしはそいつに……そいつに……。ますたぁ。わたしはぁ——」

「黙れ」


 『漆黒』の引き金を引き、アラクネの頭部を吹き飛ばす。ドサリと地面に倒れる音。

 念の為、体にも四発の弾を撃ち込み、足も全て剣で斬っておく。

 この魔力量……万全の状態なら、部隊の壊滅もあり得た。アタシも運が良かったな。

 原型がギリギリ残っているアラクネを前にして、アタシは指示を出す。


「周囲の見張りは怠るな。このアラクネのように何がいるか分からない。残りは周囲の捜索、もしくはアタシと共に下に降りる。いいな?」

『はっ!!』


 仲間の風魔法の支援を受けながら、アタシ達は大穴の中へと降りていく。

 まずは、おもわず鼻を押さえたくなるほどに焦げ臭い匂い。そのまま無事に着地。

 明かりを灯すと、周辺被害の大きさがよく分かる。石で作られた壁が真っ黒に焦げていた。

 さっきのアラクネの体も半分焼けていた?


「アラクネと何かが争ったのか……」

「そうみたいですね。それにこの炎魔法、単なる魔法では無さそうです」

「どういうことだ?」


 壮年の兵士は小さな炎を生み出すと、壁に向かって投げつけた。

 勢いよく飛んだ火の玉はだんだんと速度を落とし、石の壁に当たって消えてしまった。

 アタシは訝しげに兵士を睨む。


「何がしたい?」

「炎魔法で壁を壊せても、分厚い土の層は突破できないんですよ。吹き飛ばすなんてもってのほかです」

「風魔法ならいけるんじゃないか?」

「これだけの被害を出す炎魔法は制御するだけで手一杯ですよ。風魔法を扱う余裕は皆無です」


 二属性の魔法を扱える者は沢山いるが、二属性の魔法を同時に扱える者は少ない。

 しかも、小さな風と炎を混ぜて温風を出すようなものだ。

 とても実践向けとは思えない。

 やはり何者かがアタシ達よりも先に来て——


「ロイス様!瓦礫の中から扉が見つかりました。上に続く階段もあります!!」

「あぁ!!すぐに向かう」


 若い兵士の報告を受け、アタシと壮年の兵士は走り出す。

 考えるのはアタシに向いていない。

 とりあえず調べるだけ調べて、ミシェルに丸投げするとしよう。

 外の部隊も騒がしいが、何か見つかったのだろうか。

 

 

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