噂と魔神

「「魔神召喚の儀式場?」」


 私とロイスは声を揃えて聞き返した。

 色分けしたアジトは全て制圧が完了。

 アジトから押収した物は、膨大という言葉では表せないほどの書類や貨幣。魔族領でしか生息しない生き物や植物。魔王城から離れて暮らす魔族など。

 ただでさえ、考えるだけで頭が痛くなる内容だったのに。まさかここで魔神ですか。

 職員が機密情報の束をパラパラと捲る。


「こちらのページに書かれている内容は、複数の幹部等が証言したものです。奴らはこの場所で魔神降臨の儀式を準備していたそうです」

「……ん?この場所って」

「魔王城南西にアジトがある……町にもそんな噂が流れていたわね。他にこの証言を裏付けるものはあるかしら?」


 職員は頷き、通信魔道具で仲間に連絡。すぐに扉がノックされる。

 私が了承の声を上げると、職員は扉を開けながら補足説明をする。


「こちらが魔神降臨の際に使用される予定だった触媒です。『アジト青』の一室に纏めて納められていました」


 運ばれてきたのは大量の触媒。鉱石や植物、何かの骨や粉が透明な袋に入れてある。

 この量だと、かなり大きな存在を呼び出そうとしていたのでは?

 魔神の歴史は古い。様々な歴史書や本に登場し、その存在は有益にも有害にもなりうる。

 ある神は自らの魔力で魔族を生み出した。

 ある神は享楽のために人と魔族を争わせた。

 ある神の生み出した道具で国が滅んだなど。

 父曰く、私が産まれる少し前にも、魔神召喚は行われたらしい。


「最後に行われた魔神召喚は三十年前?だったかしら」

「はい。魔族至上主義団体の呼びかけに魔神オルデットが応じました」

「それはアタシも知ってるぞ。人間が魔神を滅ぼした話だろ?名前は確か……ヴィナ?」


 それは人族の到達地点の全てを超えた女。

 各地に多く残された伝承も信じられないものばかり。

 剣を振れば誇り高き騎士の心を折り、魔法を放てば老人に自らの生を無駄だと思わせる。

 彼女が生み出す植物は死の大地を活性化させ、開発した機械は大陸の勢力を変える。

 ある宗教団体は彼女を神として崇め、信者を多く集めたという。

 

「はぁ……」


 こんなこと考えても仕方ない。隣に座って果実水を飲むロイスの肩を突く。

 内容も聞かず、彼女は空いた右手で親指を立ててくれた。


「ありが——」


 お礼を言おうとした口を抑えられた。

 ロイスは自分の唇に人差し指を当てると、片目を瞑った。


「礼はいらない。いつか三人で飲み会を開いてくれたらそれでいい」

「……分かったわ。近いうちに必ず、ね?」

「よろしい。アタシは先に準備してくるよ。兵站は任せた」


 スタスタと部屋を出ていくロイス。職員は何が起きたのか分からず、私と彼女の背を交互に見ている。

 私は右手でペンを持ち、左手で通信魔道具を口元に寄せる。


「こちらはミシェル・ミルハイナ。全待機部隊に連絡します。敵方の情報によると、魔王城南西部に新たなアジトが存在する模様。至急出撃の準備をお願いします。指揮官はロイス・ミルハイナ。以上です」


 それと、万が一を想定して……カキカキ。

 箇条書きされたメモ用紙を破ると、硬直している職員にそれを渡す。


「これをドルクさんに。あの人なら任せられる」

「……!!り、了解しました!」


 職員はメモを速読し、内容を理解すると走り出した。部屋を出る際の一礼も忘れている。

 頼み事は『触媒から推察できる範囲で、召喚予定だった魔神を探してほしい』。

 私は机の引き出しを開け、昔使っていた軍帽を取り出す。

 私は黒でロイスは赤。初任給で買った色違いの思い出だ。

 

「……危なかったら逃げなさいよ。ロイス」


 罰印がついた幹部の名表。残っている二つの名はどちらも強敵。

 願わくば、ロイスが彼らと遭遇しませんように。

 祈ることしかできない私は、深く帽子を握りしめた。

 

 

 


 

 

 

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