戦場と戦場
『こちら第一部隊、目標地点到達!【赤アジト】らしきものを目視で発見しました』
『こちら第三部隊。交戦中の第六部隊の援護に回ります。しばらく連絡が途絶えます』
『こちら第八部隊!【アジト黒】を制圧完了。死者、怪我人共に零!』
『こちらは——』
次から次へと通信魔道具で最新の戦況が報告され、大量の書類が宙を飛び交う。
今のところ兵站組織に問題はない。
魔王軍本営が、もうひとつの戦場と化しているだけのことはある。
多くの職員がひっきりなしに連絡を取り合い、流れるように各部隊が動いていく。
ロイスも頑張ってるかしら——額に汗を浮かべた職員が走ってきた。
「ミシェル様、第七部隊が帰還いたしました」
「回収した資料には保存魔法を。その後、特別調査部に回してください」
「はっ!!」
職員は再び駆け足で部屋を出ていった。私も山のような資料に目を通していく。
魔王様の武器の複製——通称『漆黒』はかなりの成果を上げているようね。
怪我人の数が明らかに少ない。
普段の私達がこの規模の犯罪集団と争えば、既に三桁を超える死者や怪我人が出ていてもおかしくはない。
今回は五十人もいない。
「形勢は未だこちらが微有利。戦力は削れるうちに削っておきたいわ」
引き出しを開け、丸められた紙を広げる。
そこに書かれているのは、事前にかき集めた敵の幹部の情報。
ロイス曰く、構成員を拷問して吐かせたという。何をしたのかは聞いていない。
書いてあることを小さく読み上げる。
「リーダーのカルナ、ガイラの夫婦は危険。アンティラの武器がヤバい。魔獣を一撃で殺した証言もあった……まずいわね」
魔獣は人前には滅多に出てこない。
逆に出てきてしまったら最後、総力を上げて 滅ぼすか、国全体が滅ぼされるかの勝負になってしまう。
それを一撃だなんて……考えたくもない。
「ロイス……生きて戻ってきてね」
窓ガラスに手を当て、私はそっと夜空に祈った。
——
【アジト紫】内部にて。
「い、嫌だ……死にたく——っ!!」
名前も知らない男の頭部が吹き飛ぶ。これで十人目。空になった弾を補充。
狭い部屋の中に死臭が立ち込めている。誕生日にミシェルに貰ったハンカチで鼻を覆い、頭の無い人間の懐を弄る。
「鍵は……ないか」
またハズレ。これで本日何回目で——付近で二度の発砲音。
体を反転。半分閉まりかけている扉を蹴り飛ばし、廊下に転がり出る。
大剣を振り回すハゲと視線が交錯。遠慮なく引き金を引く。剣の腹で弾かれた。
「敵の数と負傷者!」
「敵は十人と少し。大男の後ろの部屋に立て籠っています。負傷者は三名。死者はいません」
「分かった。アタシはあいつの相手をする。お前は他の連中と共に突撃準備だ」
「き、危険です!あいつはかなりの手練で——」
仲間の静止を振り解いて突撃。『漆黒』の引き金を引くもやはり弾かれる。
「この速さの弾が見えてるのか?」
「弾は真っ直ぐにしか飛ばない。ならば広く守れば良いだけのこと。ぬんっ!!」
大男の大剣が宙を薙ぎ、天井の照明が風圧で砕け散る。ガラスが肌に刺さって痛い。
静かに『漆黒』のネジを締め、男から距離を取る。
「貴様の武器はその程度か?身体能力はそこそこ高いが、拳一つで俺に勝てるとは思えん」
「アタシは女の子なんだから、少しは優しくしてくれよ?」
「すまぬな。戦場での油断は死を招くと師から言われている。ふんっ!!」
今度は地面に大剣を叩きつける。地面や壁にヒビが入り——横か!
体を大きく反らし、壁の亀裂から突き出した紫色の棘を回避する。
「あ、あっぶなぁ!」
「……避けるか。しかし、これで終わりではないぞっ!!」
亀裂が拡大。床、壁、天井から無数の棘が私を狙う。男の表情に浮かんだのは小さな笑み。
「……悪いな、ハゲ」
この勝負——貰った!!
『漆黒』の口を天井に向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は天井を突き抜け——円を描くように軌道を変え、男の脳天を撃ち抜いた。
「……ごはぁっ!!」
男が膝をつき、無数の棘が消滅。大剣が手から滑り落ちた。
「行くぞ!全員突撃ぃ!!」
『おうっ!!』
私が先頭を走り、後ろから仲間たちがついてくる。
男の死体を全力で蹴り飛ばし、扉と壁を簡単に破壊。
敵が立て籠っているのなら、籠っている場所を破壊すればいいっ!!
圧倒的防御が崩れた敵軍を蹂躙し、アタシは奴らの隠していた鍵を回収。
あとは分からないので、とりあえず部下に任せて外に出ることにした。
ポケットから通信魔道具を取り出す。
「もしもーし。アタシはロイス。【アジト紫】は制圧した。とりあえず帰るね」
『えぇ、了解したわ。情報は大切に扱うのよ?』
「それは部下の役目。アタシにそれは向いてない」
『確かに。帰りも気をつけてね』
通信魔道具が切れた。今日も月はアタシを明るく照らしてくれている。
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