魔王休眠の決意表明

「ふぅ……!!

 

 たった一度の発砲。

 放たれた鉛玉はズタボロの藁人形を貫通。

 私の遠い親戚はくるりと完成品を回すと、腰につけたポシェットに華麗に収納する。

 そして一言、


「完成したね」

『うぉぉぉぉぉっ!!!!』


 職員達の歓喜が爆発。ある者は涙を流しながら床に蹲り、またある者は抱き合って喜ぶ。

 時刻はお昼直前。

 私の予想とほぼ同じ時間に、魔王様の武器複製計画——通称『漆黒計画』の第一関門は完了した。

 ロイスが私に飛びついてくる。私も思いっきり彼女を抱きしめる。

 

「ミシェル、やったよ!!アタシ達だけで魔王様の武器を完成させたんだ!!」

「お疲れ様。魔王様の武器よりも安全性は遥かに上昇。しかし、威力や貫通性は再現。これで今日の夜もバッチリね」

「あとは量産するだけだな。よし!お前達は交代で休憩しながら、型を大至急作るんだ!」

『はっ!!』


 作業服の男女達が揃って敬礼。食堂に向けて走る者。持ち場に戻る者。量産するための材料を運ぶ者など様々だ。

 私もお昼ご飯食べないと。朝ごはんを食べ損ねたからお腹はぺこぺこ。

 ロイスも同じことを考えていたようで、自分のお腹を撫で回している。

 耳元に近寄り、小声で提案。


「……私たちも食べに行こっか?」

「……だね。アタシはもう死にそう」


 私達は揃ってニッと笑い、食堂へと続く職員達の波に乗った。


 魔王軍の食堂は補給部隊が運営している。

 どの部屋よりも机や椅子の数が多く、広さも通常の部屋の何倍もある。

 しかし、いつも昼食の時間は激混み。一人で食べる者が少なからずいるのは、椅子を探す手間を省くためだという。

 しかし、今日は事前に連絡を入れておいた。

 その結果——

 

「いつもより席の数が多いな」

「ひとつ下の階でも作ってるらしいよ」

「わざわざキッチンを持ち込んだのか!?」

「増築した、と言ったほうが正しいね」

「幹部の行動力が怖いわ……」


 各方面から聞こえてくる声を聞き、私はそこそこある胸を張った。

 昨日魔王城に来る前に、農業担当のジュリちゃん——ジュリアナ・ローゼントと、補給部隊統括のドルク・レリアに連絡をした。

 伝えた言葉はひとつ。


『明日、食堂は戦場になるわ』


 二人がごくりと唾を飲む音が、通信魔道具越しに聞こえた。

 毎日の混み具合が戦場ではない。

 私の特殊な表現から全てを察した彼と彼女は、ふたつ返事で了承してくれた。

 

『す、すぐに食材を手配します。明日はできる限り人員もそちらに送ります』

『ひとつ下の部屋の壁を外し、臨時でキッチンを増設しよう。机や椅子を並べれば、第二の食堂として使えるはずだ』


 というやりとりが裏ではあった。

 この迅速な対応には、また今度お礼をしなければならない。

 そんなことを考えていると、隣のロイスが私の肩を小突いた。

 振り返って目についたのは、右手に持つ折り畳まれたメモ。


「どうしたの?」

「緊急連絡。魔王様、今日はお休みらしい」


 渡されたメモを開く。丁寧な文字で『理由は不明。昨晩は何処かに行っていた様子。魔力を探れず断念』

 ……アジト壊滅計画決行の前日に出かける?

 魔王様が頻繁に徹夜しているのは魔王城でよく知られる噂だが、外に出たのは初めてだ。

 魔力の追尾もできないなんて……いや、それだけの対策をしなければいけない場所?

 それとも別の要因が……耳元でロイスが囁く。

 

「……ミシェルはこれをどう見る?」

「魔王様が犯罪集団と繋がっている、と普通は考えそうね。でも、少し考えてみない?」

「何を?」

「魔王様の魔力を私達程度が探れると思う?少なくとも私は無理。だから私はこう考える」


 あの御方は別次元の存在だ。

 ひとつ一つの動きが死に直結する。

 大規模転移魔法。地質改善の魔道具。無から有を生み出す魔法。圧倒的な負のオーラ。

 どれをとっても、私達みたいな常人には理解できない代物。

 だからこそ、私はこの結論に至った。


「魔王様はあえて外に出たのよ。あの御方は今回のアジト壊滅計画を良い実験だと思っているはず。だからご自分は動かれない」

「アタシ達の力を見定めるためにか……?魔王様があえて武器を残した理由はそれか。私が借りることまで想定済みだなんて……」


 私はメモ用紙をくしゃくしゃに丸めると、近くのゴミ箱に投げ捨てた。

 ガックリと頭を下げている親戚の名を呼ぶ。


「ロイス」「ミシェル」

「「——っ!!」」


 声が被った。少し驚き、破顔。

 ——私達、やっぱり似ているのかしら?

 互いの右拳を合わせ、大きく息を吸う。

 

「「魔王様に良いとこ見せるぞ!!」」

『『『『おうっ!!!!』』』』


 私達の話を聞いていた職員達の声も食堂全体に響き、大拍手が起こった。

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