ママ、アジトを荒らす

『めぇー』


 蛇のように長い廊下を、身体強化魔法爆盛りの羊ダッシュで駆け抜ける。

 四方から飛んでくる魔法を吹き飛ばし、罠を飛び越え、侵入者感知の魔道具を破壊する。

 お粗末な盾は紙のように砕け、荷物を積み上げて作られた即席の壁は役に立っていない。

 いくつもの角を曲がると、無駄に広い空間に出た——放たれる数百を超える魔法。


『めぇー』


 そんなものは届かない。こちらは魔王。この程度の魔法でくたばるわけにはいかない。

 積み上げられた荷物の壁の向こうにいるのは青ざめた十数人の男達。

 その奥には扉がひとつ。なるほど、最終防衛ラインと。


「ひ、ひぇぇっ!!」

「魔法が効かない!?」

「とにかく撃て!足止めに徹しろ!!」

「見張の奴らは殺されたのか!?」

「連絡が取れない」

「ただの羊のくせに……ぶっ殺してやるっ!!」

「ば、馬鹿っ!!戻れっ!!」


 我慢の限界か、剣を片手に若い男が突撃。

 私に向けて殺意と憎悪が込められた、決死の一撃が振り下ろされる。

 

「んなっ——!!」


 悲鳴にも聞こえる情けない声。半ばから折れた剣身が床に転がる。

 そんな安物が私の魔法障壁に傷をつけられるとでも思ったか!と言う——直前で止まる。

 今の私は可愛らしい羊。せっかく、これだけ沢山の人が集まってきているのだ。

 自ずとファンを減らす行為はしたくない。

 でもこの人は悪人なんだよね——痛っ。


『んめっ』

「そいつから離れろ!化け物!!」


 何か投げられた……あ、石?油断しているところを狙うとは卑怯な。

 イタズラして好きな子を振り向かせたいお年頃かな?

 そんな子には……とつげきー。


『めぇー』

「がはっ!」「ごふっ!!」「や、やめっ——」

「ば、化けも……の……」


 必殺の羊タックルが炸裂。有象無象の体を吹き飛ばし、臓器やら骨やらを踏み潰していく。

 仲間が全て死に、ただ一人残された男の乾いた笑い声が響く。


「は、はは……はははっ……」

『めぇー』


 私が近くに歩み寄ると、男は一人で虚空を見つめ、語り出した。

 心が壊れてしまったようだ。

 

「死んじまった……全員死んじまった。俺もすぐに殺される。いや、殺されるのか?」

『めぇー』

「なぁ、羊?俺は死ぬのか?」

『死にたいのなら殺すわ。でも、罰を受けて改心するのなら殺さない』

「へっ……お前は神の遣いだったのか。今なら俺も神の声が聴こえるよ」


 いや、私が話しているのだが。それに、神様はそんなこと言わないと思うよ?


『貴方は死刑が似合いそうですね!』


 とか、平気で言いそう。

 いちいち説明するのも面倒なので、そのままにして話を進める。


『改心する?それとも死ぬ?』

「死にたくは……ねぇな。これからは真面目に働くとするよ。とっとと罰をくれ」

『う〜ん。それなら……』


 このアジトの案内はもう必要ない。

 下っ端構成員が組織の中身を知ってるとは思えない。

 魔王城の職員……も足りてるね。

 私は少し考えると、最適解を導き出した。


『牧場の手伝い、ね。この近くにある牧場で働きなさい。それが貴方への罰でもあり、神からの啓示でもあるわ』

「……明日にでも行ってみるよ。神の紹介を受けてやってきた、とでも言えばいいのか?」

『神ではなく、貴族のご令嬢とかにしておきなさい。隠れて街に遊びに来た、とね』

「分かった」


 思ったより、男は罰をすんなり受け入れた。

 極限状態だから、考えることができなかったのかもしれない。

 選択肢はふたつにひとつだったからね。

 男は立ち上がると、私が来た道を一人で歩き出した。向こうにベッドがあるらしい。

 社員寮があるなんて聞いてない。

 男の姿が闇に消えるのを見送ってから、私は羊の姿を解除した。

 いつもの木の杖を取り出し、いくつかの魔法を組み立てる。


「いつまで隠れてるのか知らないけど、魔王を欺こうなんて傲慢ね?」

「目標を補足した。排除に移る」


 頭上から放たれた糸を全て焼き払い、死角からの鎖は風魔法で軌道をずらす。

 お返しと言わんばかりに、数百の光属性初級魔法『輝遠矢』を放つ。

 隠れていた”それ”が姿をようやく表した。






 

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