魔王不在の魔王城

「急げ急げ急げ……」


 階段を駆け上がり、手すりを使って円を描くようにカーブ。

 最短距離で進めばギリギリ間に合う。

 同じ失敗は二度としない。それがアタシ——ロイス・ミルハイナなのさ!

 ……あれば昨日の出来事だった。


『ロイス、鍵はきちんと私に届けること。それと、基本的に私は部屋にいるから、誰かに頼んだりしないこと。責任を持ちなさい』

『も、申し訳ございません!』


 私は昨日、魔王ヘル様直々に叱られた。

 アタシが管理する鍵を、代わりに部下に魔王様の部屋まで届けさせたのが原因だった。

 あの恐怖……二度と味わいたくない。

 たった数分の間に何度も死を覚悟した。

 魔王様の負の波動は、どんな戦場や訓練よりも恐ろしいものだった。

 眠れないアタシはベッドの中で誓った。

 ——自分が必ず鍵を返却しに行く——

 翌日に返却を忘れているが。


「アタシは馬鹿だ!大馬鹿者だ!どうして、よりにもよって命に関わることを!!」


 三つ目の角をインコースで曲がった時、見えたのは二人の女性職員。

 このままだと確実にぶつかる。

 こちらの速度は相当なもの。当たればタダじゃ済まない。


『ロ〜イ〜ス〜?』


 ……次はミシェルに何を言われるのか。前に廊下を走った時はおやつ抜きだった。

 視線を右へ左へ——チャンスは一瞬。ワタシなら……できるっ!!


「おりゃぁっ!!」

「「きゃぁっ!!」」


 強く地面に踏み込み——跳躍。

 二人の女性職員を軽々と飛び越え、地面を転がりながら着地。すぐに体勢を立て直す。


「ごめんよ!この謝罪は精神的に!」


 職員達に振り返ることなく、アタシはすぐに廊下を走り出す。

 今は時間が惜しい。命と好感度を天秤にかければ、アタシは確実に前者に傾ける。

 すかさず階段を登り、踊り場の壁面を蹴ってさらに加速。誰も歩いていない長い廊下をひたすら走ると、ようやく魔王様の自室に辿り着いた。


「魔王様!!アタシ——ロイス・ミルハイナです。鍵を返却に参りました!!」


 扉を強く叩くも反応は無し。そういえば、扉から光が漏れていない。

 こんな早くから寝ている?いや、留守にしているのか。


「また後で来る……いや、あらぬ誤解で命を取られるのは勘弁だ。アタシは今、ここで魔王様の部屋の前にいる。その誠意は伝えなければ」


 いっそ勝手に部屋の中に入ってしまうのも作戦の一つだ。

 魔王様が部屋にいないのが悪い。アタシは言われた通りに鍵を持ってきた。

 重い扉に手を当てる。


「失礼しま〜す」


 部屋の中はもぬけの殻だった。何かがいた痕跡すらない。

 綺麗なベット。美しく並べられた本棚。飾り付けられた花。何も乗っていないテーブル。

 恐る恐る部屋に入る。罠の類は無い。一歩二歩と、ゆっくりとテーブルに近づく。

 懐から鍵をひとつ取り出すと、アタシはそーっとテーブルの上に乗せた。

 何も起きない。警戒しすぎだろうか。

 そのまま扉に背を向けた状態で後ろ歩きを始める——その時だった。


「ここに置いときますね……ひっ!!」

 

 振り返ると、そこには黒く小さな玩具が落ちていた。

 こんなもの落ちていたっけ?

 好奇心に駆られ、アタシは落ちていた玩具を拾う——ズドン。


「んなっ!!」


 あまりの音と反動に尻餅をついた。

 驚きのあまり声が出ない。分かったのは、床に小さな穴が開いたこと。

 そして、先端から何かが放たれ、煙を上げていること。

 これは武器……?随分と殺傷力が高い。

 それこそ、勇者でも相手にしなければ釣り合わない……ん?

 そこでアタシは、一つの結論を導き出した。


「……もしや、これが魔王様の武器?」


 これをアタシ達が使えるようになれば、誰でも魔王様に匹敵する力を持つ軍団が作れるのでは?

 明日の夜には、大規模な犯罪集団のアジトを壊滅させる計画がある。試し撃ちの機会か。

 今から徹夜で量産させれば……よし。

 アタシは胸ポケットから髪とペンを取り出す。


「魔王様、少し武器をお借りします、と」


 すぐに魔王様の部屋を出て、アタシは走りながら通信魔道具の電源をつける。


「ミシェル、緊急事態だ!」

『ん〜?私は今お風呂で忙し』

「魔王様の武器を量産する!期限は明日まで!材料の手配を頼んだ!」

『……は?ちょっと何言って』 


 魔道具の電源を切る。次は生産部。まだ仕事は終わっていないはず。

 あいつらも、魔王様の武器を作れるなんて光栄に思うはずだ。

 

「これは楽しくなってきたぞ〜!!」


 魔王不在の魔王城でアタシは一人飛び跳ねた。

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