ママ、仕掛ける。
「メェー」
「メェー」
「メェー」
「めぇー」
「お嬢ちゃん……何をしてるんだい?」
はっ!つい、羊に感情移入してしまった。
いくら最近は話し相手がいなくて辛いとはいえ、魔王である私が背後を取られるなんて!
もっとも、今の私は変装中。誰がどう見ても可愛い町娘なのだけど。
「メェー」
「メェー」
「めぇー」
「お、お嬢ちゃん?聞こえてるかな?」
あぁ、羊達よ。君たちはなんて優しい生き物なんだ。
ちょっと牧草を持っただけで、皆が私に無我夢中。視線も総取り。私が動くと皆も動く。
「……冷たい幹部達とは大違いだよ」
「ん?何か言ったかい?」
だって、仕事中は誰も近寄ってくれないし。
食事もいつもひとりぼっち。シェフを呼んでも来ないし。
何が『恐れ多い』よ。一人で食べるご飯が美味しいわけないじゃない。
私は娘達に、食事の大切さはきちんと伝えてきたつもりだ。
……もうバラバラになっちゃったけどね。
牧草をもりもり食べる羊の頭を軽く撫でると、私は牧場主のおじさんに頭を下げる。
「すみません。羊達が大変可愛らしくて、つい立ち寄ってしまいました」
「あぁ、怒ってるわけじゃないから頭を上げてくれ。でも、次からは一報頼むよ。盗賊と間違えて攻撃しちまうからな」
「ふふっ。負けませんよ?」
私は、いつでもおじさんを即死させることができる構えを取った。
しかし、当の本人には冗談だと思われた様子。豪快に笑われた。
「がっはっは!大したお嬢ちゃんだ。俺は向こうで馬の世話をしてくるから、好きに見ていいぞ」
「はい。ありがとうございます」
……鈍感は罪でもあり幸でもある、ね。
ある国の武闘大会に出た時、さっきと同じ構えを『見た』瞬間に気絶した男がいた。
自称、その国では名のある武道家の彼が言うには、『心臓を握りつぶされた感覚』らしい。
強者が見たらトラウマ確定。その他が見たら普通の構え。罪でもあり幸でもある。
「メェー」
「メェー」
「ん?水が欲しいの?よしよし、すぐに準備するからね〜」
さて、前置きはここまで。
なぜ私が変装をしてまで、この牧場に来た理由を話そう。
ただ癒されたいだけじゃない。これも仕事の一環だ。
きっかけは、兵站担当——ロイス・ミルハイナの話だった。
『魔王様、今少し時間いいっすか?』
『いいわよ』
『あざっす。魔王様は知ってると思うんすけど……これを』
資料の内容は、大規模な犯罪集団の確認。
また、そのアジトが魔族領の複数箇所に、巧妙に隠されていること。
同時期に、この牧場の近くに謎の組織のアジトがある、という噂が流れ始めたこと。
『ワタシ達はこの情報は奴らが流した偽物だと思いました。なので、あえて正反対のこの地域を捜索。案の定、アジトと思われる場所が複数見つかりました』
最近、やたらと兵站部門が忙しなく動いてたのかと思えば、アジトを探してたのね。
ロイスは明後日の夜、アジトを潰すべく動く許可を私に貰いにきたみたい。勿論許可したわ。
でも、ひとつだけ心配なことがあった。
「あの娘は信じてなかったけど、私はあえて信じてみようかしら」
机上の空論ほど無意味なものはないわね。
徹夜して対策も考えたし。
無策に近寄ってきた羊達に魔力を混ぜた水を飲ませ、頭を優しく撫でる。
「ほ〜らよしよしよし」
「メェー」
「ん?ここが気持ちいいのか?おりゃおりゃ〜」
「メェー」
「隙あり」
「ンメッ……」
油断しきった羊の首筋に手刀。一撃で気絶させる。
あれだけ近寄ってくれた羊達が、あれよあれよと離れていく。危機察知能力の高さに驚愕。
「さて。とっとと仕掛けますか〜」
ポケットの中から魔力に覆われた粉薬を取り出す。これを水に混ぜて……よし。
鈍色の水を倒れた羊に無理やり飲ませる。あとは夜になるのを待つだけ〜。
精神干渉魔法で羊達の記憶を消し、私は魔王城の自室へと転移した。
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