ある居酒屋の女子会

「それじゃあ、ジュリちゃんの本日の成功を祝して、乾杯!」

「かんぱ〜い!」

「か、かんぱい」


 私——ジュリアナ・ローゼットは目の前に置かれた巨大グラスを両手で持ち上げる。

 二人の先輩は、ジョッキに並々と注がれた果実酒を掲げ、一気に飲み干す。

 私はあまりお酒が得意ではないので、ジョッキの三分の一程度。うん、美味しい。


「「ぷはぁ〜!!やっぱりお酒は最高っ!!」」


 二人の先輩——商業担当のミシェル・ミルハイナさんと兵站組織担当のロイス・ミルハイナさんの声が揃った。

 遠い親戚と言っていたけど、私から見れば姉妹のよう……いや、違う。

 私にとって、二人は姉のような存在だ。

 今日も、この酒場で女子会をしよう、と誘ってくれたし。


「ふふっ」

「ん?どうした〜?」

「ジュリちゃん、笑みが漏れてるよ?」

「すみません。二人がまるで姉妹のようだな、と考えると面白くて」


 ミシェルさんとロイスさんは顔を見合わせ、ないないと首を横に振った。

 隣のテーブルに料理が運ばれた。給仕の手が空く。先輩方の目が光った。


「「すみませ〜ん。ジョッキお代わり!!」」

「はい。すぐにお持ちいたします!」


 二人ともタイミングを伺っていたのか、また声が揃ってしまった。

 獣人の給仕さんはニコニコと微笑むと、厨房へと引っ込んでいった。

 バチバチと、火花が弾ける音が聞こえる。


「ロイス、わざと被せたでしょ?」

「知らな〜い。ミシェルが合わせたんじゃないの?」

「ふ、二人とも……」


 いつもは凄く仲のいい二人が、私の余計な一言で喧嘩になっちゃった……。

 私があたふたしていると、先輩方はぷっと吹き出した。

 

「あははっ!!ミシェル、あんた演技上手くなったねぇ。ジュリを心配させすぎだって」

「ふふっ。ロイスも言えないわよ?ローゼット家のご令嬢を困らせるなんて……悪い子ね」

「え、え、えぇっ!?」


 演技?今のが?全然分からなかった……。

 二人に弄ばれた……むぅ。

 私は頬を膨らませる。しかし、ミルハイナ家の娘達には届かない。

 恥ずかしさを隠すために果実酒に手をつけると、給仕さんが戻ってきた。


「は〜い。大ジョッキ二つと本日のランダムステーキ……今日は牛ですね〜。付け合わせのパンもすぐにお持ちしま〜す!」


 給仕さんが並々と注がれたジョッキ二つと、綺麗に焼けた塊肉を人数分、テーブルの上に並べてくれた。

 こ、これを一人で食べるの!?うわっ、パンも出てきた!


「これはテンション上がるぅ!ナイフ取って!」

「自分で取りなさいよ。ジュリちゃんもいる?」

「あ、ありがとうございます」


 塊肉にナイフを差し込む。や、柔らかい。

 中身はまだ少し赤い。もう少し焼いたほうが……いや、ロイスさんもミシェルさんも食べている。

 ステーキをナイフで綺麗にカット。添えられたソースを纏わせ、恐る恐る口に運んでみる。

 

「美味しい……」

「でしょ!?アタシもミシェルも、ここのステーキには太鼓判を押してるのさ!」

「牛の日は大当たりなの。豚や鶏も美味しいけど、この柔らかさは牛でなければ出せないくて……んん〜!!」


 付け合わせのパンも口に運ぶ。表面が軽く焼かれており、柔らかい。

 それと、前よりも味をしっかり感じる……これも魔王様のおかげなのだろう。

 ロイスさんも同じことを考えていたようだ。


「前よりもパンが美味いね。うちの連中も、最近は飯の時間が一番楽しいって言ってる。アタシもそう思ってるよ」

「私も仕事柄、商人達から色々な話を聞くのよ。前よりも貧民が減ったとか、農村を中心に活気が戻っている、とか。そんなに魔王様の麦政策は順調なの?」

「……順調、という言葉では到底表せないくらいですね」


 新たな魔王がこの世界に呼び出された日の翌日、その午前中に事件は起きた。

 我が国の利用できる領土が倍以上に増えた。

 それも、たった数分で。

 話を聞くと、どうやら新たな魔王——ヘル様が謎の魔法が刻まれた巻物を使い、雨を降らせ、荒れ果てた砂漠地帯を緑化した、らしい。

 私が簡単に内容を話すと、二人はやれやれと頭を抱えた。


「な、なんだいそれ……」

「ヘル様は神様の遣いなのでしょうか」

「それを言うなら邪神でしょうね。魔王ですし」


 本当にあの御方は何を考えているのか分からない。

 今日も、私ならどうするのか、なんて質問をいきなりしてきた。

 今までは、ヘル様の目新しい指示を忠実に実行することで、万事成功してきた。

 しかし、今日の質問で状況は一変。

 これからは受け身の姿勢でいることは許されない。咄嗟に答えられたのは奇跡みたいなものだ。

 

「アタシも次の事業を考えないとなぁ」

「私の発表は次の次だから、特別対策本部を設置したわ。間に合うといいのだけれど……」


 先輩二人が真剣に悩んでいる。

 ヘル様、貴方はとんでもない御方ですよ。

 私はジョッキの中身を飲み干すと、近くを通った給仕さんを呼ぶ。


「すみません。お代わりをお願いします」

「は〜い。大ジョッキですか?」


 私は少し考えると、大きく頷いた。

 ミシェルさん、ロイスさんが同時に驚いた顔をする。

 給仕さんはにっこりと笑うと、厨房へ駆けて行った。


「先輩、今日は飲みましょう。何かあればまた三人で女子会開いて、みんなで案を出し合いましょう。ここには三人もいますから、ね?」

「「……ぷっ」」

「ど、どうして笑うんですかっ!!」


 ある酒場の一角では、今日も女子会が開かれている。

 どんなに未来が暗くとも、明日が真っ暗でも、彼女達三人の表情は明るいのだろう。


「大ジョッキお代わりで〜す!!」

 


 

 

 


 

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