ママ、寝不足である

「魔王様……この巻物はいったい?」

「ビーコン……いえ、とりあえず今は各班に配ってくれる?」

「も、申し訳ございませんっ!!」


 獣人の兵士達は敬礼をすると、逃げるように走っていった。

 頭が働かないので、自然と語気が強くなってしまう。

 幸いにも、私は畏怖される魔王様なので、その点の心配はしなくてもいい。

 しかし、


「どう考えても昨日の徹夜が響いている……」


 まさか、転生した翌日に睡眠不足になるとは……これは神でも想像はできまい。

 私はとある魔法式が記された巻物——通称ビーコンを手に取る。

 私は、魔族領で食料不足が起きている原因を二つに絞った。

 ひとつ目は農業用の土地不足。

 ふたつ目は農耕道具が古すぎること。

 優先度が高いのは間違いなく前者なので、この問題には早急に手を打たせてもらう。


「ヘル様、各部隊の準備が整いました」

「分かった」


 私は椅子から立ち上がり、青く澄み渡る晴天の下に準備された舞台の上に立つ。

 兵士の数はおよそ一千人。五人一組の班で表すと二百。となると……。

 頭の中で魔族領の地図を思い浮かべ、転移魔法の着地点をピンで指していく。

 

「これで、よし」


 私は適当に作った杖の石突で地面を突く。

 地面に青い魔法陣が展開。目の前に佇む兵士一千人が驚き、狼狽える。

 再び地面を突く。兵士達のざわめきが止まった。うん、いい子達だ。

 

「静まれ。これはただの転移魔法。着地点は魔族領南部及び西部。知っての通り、植物ひとつない砂漠地帯よ。水は持ったわね?」

『——!!!』


 ちょっとした冗談のつもりだったが、数名の兵士が水筒の中身を確認してしまった。

 砂漠地帯は本当。でも、ビーコンを置いたら私の転移魔法で帰ってくるから、水はあまり必要ないかも?

 私は徹夜で作り上げた巻物——ビーコンを掲げ、説明に入る。


「この渡された巻物だけど、このように広げて地面に置いてきてくれるだけでいい。二十歩ほど間隔を空けてもうひとつ。また二十歩。簡単でしょ?」


 至る所で、『それだけか?』『別に俺たちじゃなくても……』と声が聞こえてくる。

 私はわざとらしく咳払い。空間に緊張をもたらす。

 さらに口角を上げ、声の高さをひとつ下げる。


「こっほん。この巻物——ビーコンというのだけれど、すごく高いのよねぇ……。大体金貨八枚、といったところかしら?」

「んなっ!?」「ひっ!!」「は、はちっ!?」


 金貨八枚……それだけあれば、今の魔族領では三年は働かずに生きていけるだろう。

 兵士の給料が一年で金貨二枚から三枚ほど。

 本当は、ただの紙に私が魔法を刻印しただけだから、銅貨一枚?もないのかもしれない。

 しかし、初めて見る物の相場を知る者など、この世には存在しない。

 私は笑顔で締めくくる。


「すこ〜しでも壊したり、感情のままに破ったりしたら……ふふっ」

『ま、魔王陛下、万歳っ!!』


 転移魔法が発動。青ざめた兵士達を青白い光が包み込み、静寂が戻った。

 周囲に誰もいないことを確認。私は即座に別の魔法を発動。

 次々とビーコンが置かれていくことを脳内で確認。順調順調〜!


「まさか、花畑を作る時に使った魔法が、こんなところで役に立つとはね」


 私がビーコンに埋め込んだ魔法。

 それは、周辺の大地を活性化し、おまけに自動で維持し続ける、というものだ。

 もっとも、起動する時に膨大な魔力が必要なので、今から私がそれを届ける必要があるのだが。


「荒れた大地が、豊かな緑に戻りますよ〜に!」


 ただでさえ元気のなかった私から、遠慮なく魔力が一気に吸い出される。

 澄み渡っていた空が暗雲へと変わった。

 少し遠くで雷鳴が轟き、驚いた野鳥が空へと飛び立つ。

 ——やばっ。すぐに転移魔法を!


「うあぁっ!」「ゆ、床がっ!!」「あだっ!!」


 あらかじめ準備していた帰還用の転移魔法を発動。

 空中に浮かんだ青白い魔法陣から、次々と兵士が落ちてくる。

 ある者は綺麗に着地を。ある者は盛大に尻餅を。またある者は……一人自室へと帰っていた。


「ね、眠い……」


 ふかふかのベッドに飛び込む。

 頭が痛い。気持ち悪い。著しい魔力不足だ。

 こんなに魔力を消費したのは、異教の神を信仰する団体を潰した時以来だよ……。

 私の魔力を混ぜた雨、ビーコン達は受け取ってくれたかなぁ……。

 ちょっと早いが、私は眠りについた。

 

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