ママ、転生が決定する

『はいっ!じゃあ作戦会議ですね。娘さん達は手強いですから!』

「……随分と元気ですね。さっきまで号泣していたとは思えませんよ」

 

 まだ目元が腫れぼったい金髪ロング神様は立ち上がる。

 真っ平な胸元に手を置き、自慢げに言った。


『背負っていた重すぎた荷が取り払われたので!久々に生きた心地がしますよ!』

「神に生き死になんてあるんですか?」

『私は新人なので!世界創造一年目なので、まだまだ人間に近い部分もあるんですよ』

「へぇ〜、神様は元人間だったんですね」

『記憶はないんですけどね〜』


 記憶喪失を軽く言わないでほしい。

 当の本人は、のほほ〜んとしながらジョッキに注がれた柑橘のジュースを飲んでいる。

 いつ準備した……いや、聞くのはやめておこう。

 代わりに、


「で、何か良案はあるんですか?」

『——ぷはぁ。えぇ、もちろんありますよ』


 大ジョッキの中身を飲み干した神様は、謎の文字を空中に綴る。

 すると文字が青く輝き始め、一冊の本へと姿を変えた。


『ど〜ぞ』


 促されるままに本を手に取る。タイトルは無し。厚さも薄い。

 表紙には、捻れたツノを持つ黒服の女性が描かれている。


「これは?」

『別世界の女魔王です。本人と創造主の神様から許可は取ってきました』

「はぁ……仮に私が断ったら」

『ありませんよ。断ることなんて』


 神様はキメ顔でウインクをしてきた。むっ。

 さっさと視線を斜め下にずらし、最初のページを読み進める。

 絶望の化身。女魔王。名前は『ヘル』。

 黒き衣に身を包んだ悪魔。

 黒薔薇に蛇が巻き付いた杖を持ち、黒を含んだ魔法を放つ。

 最期は勇者に倒されるも、数千年に渡って人間界の平和を脅かしていた。

 この魔王様と私に何の関係があるのだろう?

 不安と共に生じた疑問の直後、神様は何事もなく問題発言をする。


『ヴィナさんはヘルさんとなって、娘さん達の戦争を止めてもらいたいんです。いわゆる転生ですね』

「……は?」


 私が転生……?

 は、はぁ!?意味わかんないだけど!

 ちょっと待っ——もう体が光ってる!?


「ちょ、ちょっと!どういうことですか!?」

『だから、ヴィナさんには魔王になってもらいたいんです』

「え、えぇっ!?」


 魔王って……魔族を率いてるアレ!?

 無理無理。絶対向いてないって!

 体を包んでいる光が、より一層強くなる。

 微かに感じる浮遊感に抵抗。思いつく単語で、必死に言葉を綴り続ける。


「わ、私には荷が重すぎますって!」

『大丈夫ですって』

「魔族と私は敵対してたんですよ!」

『見た目が違うから気が付かれな〜い♪』

「魔族の文化とか分かんない——」

『その点に関しては、本当に大丈夫だと思いますよ』

「へっ——?」


 神様の様子が一変。数秒前のゆる〜い雰囲気とは違う、とても真面目な口調になった。

 悲哀に満ちた表情の神と視線が交錯。

 苦しげに口を開かれる。

 

『……貴方が率いる魔族は、正直衰退しつつあります。早ければ数年で全滅でしょう』

「だったら!」

『なので、貴方の辣腕で内政を行い、彼らの生活を再興してほしいのです。これはお願いではありません。私からの——創造主からの命令です』


 体が宙に浮かんだ。

 感覚がない。構造が作り変わってるんだ。

 意識も薄れていく。

 音が遠い。

 瞼も重い。

 あれ……神様、何か言ってる?


『娘さん達、すごく可愛いですね』

 

 ふふっ。ほんと元気な神様だなぁ。

 さっきは神様に見えないとか思ってごめんね。

 私の世界の神様が貴方で良かったよ。

 魔族のことも、娘のことも、私が何とか頑張ってみるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る