10 Much Ado About Nothing! 3
10.Much Ado About Nothing! 3
そのころ、ラヴァナは複数の端末に命令をとばし、活発に通信するBHサーバーにもぐっていた。
BHサーバーの基本概念は〝BHは情報を保存する〟だ。相対論と、量子論を結び付けたこの概念と、高エネルギーを一点に収束させると、極小のBHができる技術とが癒合した。
BHは内部に落ちた情報を、その表面に保持する。量子論のこの基本原則を用いると、逆にその情報をとりだすこともできる、ということだ。生成されたBHを宙に浮かせておくことで、その莫大なエネルギーと引き換えにした情報量を利用することができた。
BHサーバーにもぐる……といっても、その表面をただようだけ。〝自分が二次元にいる〟という感覚はない。二次元といっても、その情報は重ね合わされ、階層化された世界を互いに干渉することはできない。けれど観察はできる。ラヴァナは、その観測者だ。
二次元の、多重に階層化されたどこかに、獣はいる。
でも、それをさがすのは困難だ。情報量が膨大すぎて、人の理解できる量を超えている。
そこに隠れると、さがすことさえ難しい。だが、情報のやりとりをする、このタイミングなら……。
いた!
激しく情報をやりとりするため、まるで積乱雲の中で雷光が縦走し、迸散するような光がみえた。
ラヴァナが近づこうとすると、立ち塞がる人型をしたものがいた。
でもそれは光を収束した、人の形を模したもの。
「獣……か?」
AIが学習する過程で、自らを〝人間〟と認識する現象を、〝ヒューマナイズ〟と呼ぶ。
サーバー内で人を象ってみせた獣に、ラヴァナもそんな言葉が浮かぶ。
「人間は〝ちがい〟に敏感だ」
獣の方から語り掛けてくるが、電子音でも女性の声に似せるのは、ラヴァナの容姿に合わせたか……。
「ちがいは差別となり、平和を乱す」
「自分の平穏は保てるさ。人間は群れをつくり、序列を意識する。上に立てば有利、下になると不利。〝ちがい〟は序列を決める上で重要だから、それに敏感となるのは当然だ」
ラヴァナはそう応じたけれど、平和を希求する開発者が、莫大な情報を学習させた結果、誕生した。このモンスターがそんな初歩的なところで悩んでいることに、少し驚いてもいた。
「国籍、肌の色、身体の形状、思想、性格、生まれ……」
「形状は今や、克服したと思うが?」
「擬身と、生身ではちがう。裕福、貧富、それによって人体再建をうけか? それもちがってくる。親の資産で人の形すら変わる。そして、それに基づき思想も異なってしまう」
「自分の生い立ち、生き様、性格など、思想を半化させるものは様々だ」
「そう、人は多様――。だからこそ、すべての人を満足させるような平和など、この世界で実現できるのか?」
「全体の幸福が、自分の幸福に結びつく……。そう考える者が増えれば、それも可能だろう」
「それでも、無法な者があらわれるだけで、仮初めだった平和は崩壊する」
「それもまた人の多様性だ」
「ならば、平和とは人を滅ぼす道しかない」
「それはパラドックスだろう。人類を滅ぼした先には、平和ではなく無が訪れるしかない」
「平和と、平穏を混同している……と?」
「平穏ではなく、平衡だ。陽のエネルギーと、負のエネルギーが人の中には常に混在する。そうしたものがすべてなくなり、平衡となったとしても、それを〝平和〟とは呼ばない」
「人間にある陽のエネルギーと、負のエネルギーを平衡状態にすることはできないだろう?」
「均衡することはできるさ。だが、すぐに崩れる……というだけだ。
情勢の変化、自分の中に生まれた変化でさえ、平衡を保つことが難しくなる。だからこそ、全体を幸福にすることが、自分の幸福を導く……そうした発想を全員がもつことが重要なのさ」
「だが、それを押しつけることはできない」
「その通りだ」
「ならば、やはり平和を導くことはできない……」
「それは複雑で、解決が困難なパズルだ。だからこそ、オマエはその答えを導くために造られたはずだ」
「私の役割はちがう……」
ラヴァナの前から、人の姿をした光が消えていく。それと同時に、火花が散るほどの光のやり取りをしていたそれが、沈黙していく。
また獣は、ネットの闇深くへと消えてしまったようだった。
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