9 Much Ado About Nothing! 2

     9.Much Ado About Nothing! 2


 電脳空間はよく宇宙に喩えられる。

 昔は単一の宇宙、Universeと考えられていた。だがMultiverseが提唱され、相互の宇宙が干渉するとなり、それがサーバーを行き来するネット空間と酷似すると考えられたのだ。

 もっともマルチバースを行き来することは事実上困難で、自由に往来するのは重力だけ。

 重力波は今世紀初めに観測されるが、重力子は未だに観測されない。それが宇宙のスケールと極微のそれと、広大なネット空間における個人のアクセス権と対比されるのだ。


 プリティはホストサーバーへのDDoS攻撃を、迷宮サーバーへと導くことに専念していた。

 迷宮サーバーは、攻撃対象となっているホストサーバーをダミーに置き換え、攻撃を回避するやり方だ。

 攻勢防壁をはると一時の動きを抑制できるが、攻撃者より大きな容量をもつ必要があった。今の攻撃は、明らかに大規模なフラッシュ攻撃であり、迷宮へと墜として回避するのが得策、と判断した。

 ヤマも、チャンも同じように仮想サーバーを立てているけれど、プリティのそれは特殊だ。迷宮の中でミノタウロスに遭遇した冒険者のように、少しずつキルされていくようなものだ。

 基本的にサーバーへの攻撃は、脆弱性をつくか、基幹システムをのっとろうとするか、またはそのどちらかだ。逆にいえば、だからこそそれをどうキルするか? プリティはその専門家だった。

「殺しの時間よ」


「これか……」

 ラヴァナはこの攻撃を獣によるもの、とみていた。

 その動機たりうるもの――。島嶼国に支援するのと引き換えに、近海での海上軍事演習をみとめさせる密約。

 現状、どこの国も自国のEEZ内で、軍事演習するのを嫌う。

 軍事演習をすることで、海洋汚染へとつながり、生態系を破壊することが研究結果で分かったから。風が吹けば桶屋が……である。

 しかも遠くの異変は、廻りまわって海洋資源を減らす。海は一つ、つながっているからだ。

 だからこそ、それを島嶼国へ押し付け、必須である軍事演習を実施する。支援金という名目と引き換えに……。


 ならば、獣が狙うのはここか……。

 クァデシン――。見張りをする者、という意味だ。ネットを監視するオファニムと比べ、容量は小さいけれど、会場にいるときの会話や呟きばかりでなく、ホテルでの行動まで、すべての情報をあつめるシステムだ。

 国際会議では、開催国がこうして情報収集するのを、暗に認めている。なぜなら、禁止してもどうせするからだ。

 だから、国際会議では事前に合意したことを、にこにこと笑ってサインする、セレモニー的なところがあった。

 でも、その表情などの機微にふくむ部分まで記録してしまうクァデシンなら、本音が透けてみえる。クァデシンの情報は、交渉の裏側まで知りたい獣にとって、垂涎の情報ということだ。


「ヤマ、スリヤの様子は?」

「ラヴァナか……。だいぶハードワークだが、今のところ問題ない。チャンとオレでかなり迷宮に墜としているからな」

「なら、ヤマはクァデシンの防衛にまわれ」

「どういうことだ? クァデシンなんて外交部以外、興味ない代物だろ?」

「今回、仕掛けてきたのが獣なら、機微にいたる情報をもつクァデシンを狙っても不思議はない。情報を何でものみこんでしまうクァデシンだと、断片化したウィルスを流しこまれるぞ」

「獣ならやりかねんか……。クァデシンに防壁は張れんから守るのは大変だぞ……。ラヴァナはどうするんだ?」

「獣を追う」


「どうしたね?」

 チャンも端末を忙しく操作しながら、通信していたらしいヤマに訊ねた。

「ラヴァナからの通信だ。どうやら、今回の件は〝獣〟が関与しているらしい。オレはクァデシンの防衛にまわる」

「あらゆる情報を喰わすための仮想サーバー、クァデシンを一体どうやって防衛するね?」

「ダミーサーバーをつくって、ネット経由の攻撃をそっちに回す。偽装しつづけるのは骨だがな」

「わぉ! 休ませない気ね」

「どのみち、この攻撃が止むまで休んでいる暇はないさ。終わりの見えない、だらだらとした攻撃に対処するより、本丸への攻撃に対処している方が、何万倍も楽しいだろ?」

「ドSの考え方ね。でも確かに……、楽しそうね」

 チャンもニヤッと笑った。

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